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 お母さんが帰ってきて、晩ご飯を食べて、お姉ちゃんとテレビを見た後、わたしはお風呂に入って、今は湯船に浸かっていた。

「『女神の愛し子』とは、巡る魂の中で、女神が惹かれた魂に、女神が印を付けるんだ。リーゼロッテの時には、胸にその印があった」

 遥斗さんの言葉を思い出して、左胸の上にある、花のような痣に触れた。
 これが『女神の愛し子』の印――確かに珍しい形の痣だとは思っていたけど、まさかこれがその印だったとは……。なんて御大層な痣だったのよ、と思いながら、生まれ変わったのに消えないのかな、とつい擦ってしまった。赤くなって痛い。それに消えてくれない。
 それにしても、今日は昨日に続いて濃い1日だったなぁ。それ以上に、有意義なこともあったけど。

「遥斗さん――」

 思わず声に出して呟けば、2人で話した時を思い出して顔が熱くなる。恥ずかしい事(手の甲にキス)もあったけど、顔が熱くなるのはそれだけじゃない。
 初めて会って経った2日なのに、心の中でどんどん遥斗さんの存在が大きくなっていく。この気持ちは、生まれる前からの記憶(気持ち)のせいなのかな? だとしたら、わたしも彼のことを心の中に残すほど、彼のことが大好きだったんだろうな。
 いろいろ考えても、結局は遥斗さんが好きって気持ちに戻ってしまって、自分の中にこんなにも強い気持ちがあるなんて、数日前には信じられなかったと思う。前世むかしのわたしは、こんな気持ちを持って生活していたのかな? 自分の感情に振り回されてそうで怖い。

「うう、逆上せそう。出よう」

 これ以上湯船に浸かっていると、お湯の温かさと顔の熱さで絶対に逆上せる。そう思って立ち上がると、少し遅かったのか、くらりと目眩がした。ヤバい。浴槽の縁に手をついて、倒れないようにして、治まるまでしばらく同じ体勢のままでいた。少しの間で治ったので、ゆっくりと上半身を上げた。

 服を着て喉が渇いたのでリビングに行くと、お姉ちゃんはまだテレビを見ていた。横でお母さんも一緒に見てるけど、疲れているのか今にも瞼が落ちそうな感じだった。

「理世、出たの?」
「うん。お母さん、眠そうだね」

 お姉ちゃんは眠そうなお母さんを気にして、小声で訊ねてきた。わたしも小声でお姉ちゃんに答える。

「看護師の仕事は人の命がかかってることもあるからね。普通の仕事より大変なんじゃない? 夜勤がないだけマシなんだろうけどね」
「そうだね。お母さん、すごいな」

 改めてお母さんのお仕事の大変さを実感して、呟いた。
 今は温かくなり始めた季節だから、お姉ちゃんはあえてお母さんをそのままにしてるのかな。ひざ掛けとかかけると気にして起きちゃいそうだし。

「それより、あんた、顔真っ赤。長風呂だったし」
「……う。その、ごめんなさい。お姉ちゃんもまだお風呂入ってないのに、わたしが占領しちゃって」
「それはいいよ。どうせ、今日のこととか整理してたら逆上せたんでしょ? 冷蔵庫にポカリ入ってるから、それでも飲みなさいよ」
「うん。ありがとう」

 お姉ちゃんには、わたしの行動なんてお見通しだった。促されるまま冷蔵庫に行き、扉のところに入ってるポカリスエットのペットボトルに手を伸ばす。キャップを開けて、一口飲むと、思ったより喉が渇いていたみたいで、こくこくと飲んで半分近くを一気に飲み込んだ。

「お母さん、理世がお風呂から出たみたいだよ。先入る?」
「……ん、いい。あんた、先に入りな」
「お母さん、このまま寝ちゃうとヤバいよ」
「うーん……、少しここで休んだ後に入った方が、ちゃんとお風呂に入れるから。今入った方が、湯船で寝落ちしそう」
「分かった。じゃあ、先にお風呂に入るね」

 わたしがポカリスエットを飲んでいると、背後から2人の話し声が聞こえてきた。ポカリスエットのキャップを閉めて、リビングのほうに移動した。

「梨世、あんた、彼氏ができたんだって?」
「……なっ、おかっ……」
「おーおー、動揺してるねぇ。青春青春」
「お母さん、お姉ちゃんに聞いたの?」

 お姉ちゃんはそんなに気軽に話をするような性格じゃないけど。

「私が訊いたの。あんた、ご飯食べてる時からなんかおかしかったから」
「……」

 そんなに、わたしって顔に出るタイプだったのかなぁ。思わず顔をムニムニと揉んでしまう。
 すると、お母さんは面白かったのか、あははと豪快に笑った。うん、お母さんは仕事では細かいみたいだけど、普段は女傑みたいな性格なんだよね。でも、患者さんとか不特定多数の人を見てるからか、すごく小さな違いから気づいたんだろうな。すごい。

「あんたは変なところで真面目だからねぇ。それに1年前のこともあったから、梨里よりもずーーーーーーーーーーーーっと後かと思ってたんだけど」
「……お母さん、ずっと、がすごく長いんだけど」
「いやぁ、それくらいかかるかと思ってたんだよねぇ。しばらくの間、男性恐怖症だと思えたし。でも、いいことだと思うよ。相手はいい人だと思う?」

 いい人――というのは、意味としては幅広くて、肯くまでしばらくの時間を要した。
 だって、それほど、遥斗さんの事を知っている訳じゃない。ただ、心の中から、遥斗さんと逢えて嬉しく思っている自分がいることが分かる。それが、勘なのか、遠い記憶のせいなのかは分からないけど、この思いに反発する気はなかった。

「……よく、分かってないの。ただ、遥斗さんとは近くにいても、触れられても怖くないの。それより、もっと傍に居たいって思うの」
「おー、熱烈な告白だねぇ。理世のお相手は『遥斗』って言うんだね」

 自分の想いを吐露したら、お母さんにからかわれた。
 でも、自分の言ったことを頭の中で反芻して、その内容に治まった顔の熱が再発する。なんか今日は頬の熱が取れないよ。

「ま、あんたのその想いは大事にしなよ。この先は分からないけどさ、そんな風に思える相手に会えたってのは、いいことだよ」
「……うん、ありがとう」

 お母さんも、わたしが異性と付き合うことについて、心配というより安心したといった表情で、ああ、今までわたしはお母さんにもお姉ちゃんにも心配かけていたんだなぁ、って思って、申し訳ないと思うと同時に、2人の優しさに嬉しく思った。

 

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