放課後になって、友達と少し会話をした後、いつも通りに図書室に向かった。
いつもは、ある程度図書室で過ごして、読みきれなかったらその本を借りて行くんだけど、昨日の出来事のせいで本を借りる事を忘れていた。まあ、昨日は次を探す事もできなかったし、借りて帰っても、昨日は本を読む気になれなかったけど。
――という事で、今日は借りる本を探す事から始めないと。
でも、昨日の人が図書室にいたら、どうしよう? あの人が何をしたいのか、全く予想出来ない。
本当に、わたしがあの人の探している人なの? でも、記憶を辿っても、あの人との記憶なんて見つからなかった。
「……考えても仕方ないか」
考えるための材料が、少な過ぎる。
あの人――近江遥斗って言ったっけ? 何年生なのかな? お姉ちゃんと同じ学年なら、お姉ちゃんに聞けば何か分かったかもしれない。
……駄目だ。お姉ちゃんに聞いたら、あれこれ聞かれて大変かも。お姉ちゃんはお母さんより過保護だから。昨日もあんなに心配してくれてたもの。心配の種があの人だと知ったら、あの人に何をしたと食って掛かるかもしれない。それは駄目だ。お姉ちゃんにそんな事はさせられない。
あの人、多分モテるから、お姉ちゃんが喧嘩を売るような真似をしたら、あの人を好きな人達から恨まれてしまいそう。
……違う。そうじゃない。本当は、わたしがどうしたいのかだと思う。
わたしが誰かと付き合う時、人によるかもしれないけど、わたしが選んだ人なら、お姉ちゃんは応援してくれるはず。
でも、あの人はわたしを通して誰かを見ているようで、なんとなく怖い。もし、探しているといった人が、わたしじゃなかったら? それなのに、好きになっちゃったら、どうすればいいの? ――昨日、抱きしめられた時の感触と、ドキドキするのに何故か安心する不思議な気持ちを思い出すと、わたしの心はどうなってしまったのか戸惑う。
男の人と付き合った事がない――言ってしまえは、男の人への耐性がないのに、昨日のような事をされると、思考が停止してしまうし、自分が思われているような錯覚を起こしてしまう。ふぅ、と鞄を抱きしめながらため息をついた。
渡り廊下を歩いて、別棟に向かう。別棟は特別教室や図書室などの建物のため、教室がある棟に比べて人気が少ない。棟に入って廊下を歩くと、静かで靴音が響いた。
……ん? なんか、話し声がする。珍しいなぁ。特別教室は、文化部の部室を兼ねているから、教室の中での会話は多いけど、外で話をする人は少ないのに。
「……ま、そんな顔で切々と語られちゃあね」
あれ、これ、お姉ちゃんの声だ。
相手は……誰だろう? 思わず立ち止まって聞き耳を立ててしまう。お姉ちゃん、ごめんなさい。
「でも、知っていることを話してはくれないんだな」
この声! 昨日の人だ!
じゃあ、もしかして、あの人が探していたのは、お姉ちゃんって事? だけど、話の内容はちょっと違うみたい。それに、お姉ちゃんからの返事がない。
お姉ちゃんは、あの人は、次に何を話すんだろう――そう、思うと、ドキドキしてくる。
「これだけ詮索しておいて、心当たりがないなんて事はないと思うけど? しかも、君に近しい人で、大事に思っている――そんな人を、俺に知られたくないんだろう?」
あの人が、お姉ちゃんに訊ねている。
最初から話を聞いていないから、あの人の質問の意図が分からない。でも、お姉ちゃんは、きっと、あの人がわたしの害になると思ってる。だから、あの人にわたしの事を話さない。
――当事者のわたしを無視して?
そう思うと、なんとなく胸がもやもやしてくる。それに、このままお姉ちゃんと話をしていたら、わたしの意思を余所に話が決まってしまう。
そうよ、前もそうやって、わたしの知らない間に話が決まって……って、わたしいつの事を考えていたの?
わたし、昨日から自分の事なのに、自分でも分からない事や、感情に振り回されてる。頭を軽く振り、これ以上、わたしの居ない所で話が進むのが嫌で、わざと小さな音を立てた。
「梨世……」
「君は、昨日の……」
2人が同時にこちらを見た。
「お姉ちゃん、それに昨日の……どうして2人でここに居るの?」
何を話してたの――とは訊けずに、遠回しに訊ねた。ああ、もう、わたしってどうしてはっきりと言えないんだろう。気になって仕方ないのに、自分から率先して言えない。
「理世、いつから聞いていたの?」
「2人が話してる声は聞こえたけど、何を話していたのかは分からないの。だけど、お姉ちゃんとその人――近江さんと知り合いだったの?」
「理世、あんた、こいつの名前知ってるの⁉」
お姉ちゃんが驚いた顔で、わたしの質問に答えずに逆に質問で返してくる。いつもの、お姉ちゃんじゃないみたい。そんな風にしてしまうような話を2人でしていたって事?
「お姉ちゃん、先にわたしの質問に答えて!」
何故か分からない。
でも、わたしは近江遥斗のことになると、感情が揺さぶられていつものようになれなかった。