体がふわふわと浮いているような感じが抜けなくて、覚束ない足取りで家に帰った。
図書室であった事が現実味がなくて、でも、抱きしめられた時の相手の鼓動の速さとか、温かさとか、そういったのは夢じゃなくて現実で。でも、それを認識するのに、頭がキャパオーバーで拒否しているのでなかなか認識できない。だって思い出すと顔が熱くなるんだもの。恥ずかしい……。
お夕飯も何を食べたのか覚えてない。梨里お姉ちゃんが心配して何度も声をかけてくれたけど、「うん、大丈夫」としか答えていなかった気がする。
食後も居間のソファーに座って、テレビをぼーっと眺めているだけで、なんの番組なのかも頭に入って来ない。
「ねぇ、梨世、本当にどうしたの?」
「……うーん、なんて言っていいのか、わたしにも分かんないんだけど……」
お姉ちゃんが気にして声をかけてくれるけど、正直に話しても信じてもらえないような気がして、どう説明すればいいのか迷う。
でも、心配してくれているお姉ちゃんに対して、黙っているのも心苦しいけど、心配もかけたくない。でも、どうすれば上手く説明できるかも分からなく、たどたどしく話し始める。
「あのね、あの……図書室でちょっと信じられないことがあって……」
「図書室で信じられないことってなんなの?」
「あ、えと別に図書室じゃなくても信じられないんだけど。とにかくわたしにとって、自分の中で消化しきれないというか……」
あの時、彼はわたしを通して別の誰かを見ているようだった。「やっと逢えた」的な発言は、わたしには当てはまらない。
たから、きっとあれは彼の間違いで、今後はもう話しかけてくることもないだろう、と思う。
そこまで考えると、ぐるぐる悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる。
「……とりあえず、わたしにとってはあり得ない事で、でも、関係ないことだとも思うから……上手く説明できなくてごめん。お姉ちゃんはわたしの事を心配してくれているのに」
うん、彼の間違いだと思えば、悩むのは馬鹿らしくなるけれど、でも、彼氏いない暦=年齢のわたしにとっては、今日の出来事はとても衝撃的な事だった。
そうして口籠って俯いていると、お姉ちゃんが頭をそっと撫でてくれた。
「梨世が言いにくい事なら、無理に聞かないよ。でも、自分だけで解決出来ないような事なら、遠慮なく相談してね?」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん」
いいお姉ちゃんだ。ちゃんと説明出来ないのに、もしかしたらわたしが悪い事だってあるかもしれない。それでも、お姉ちゃんはわたしの心配をしてくれる。
「お姉ちゃん、大好き」
「ふふ、ありがとう」
お姉ちゃんのおかけで少しだけ気持ちが変わり、胸のつっかえが取れた気がする。
その後は、お姉ちゃんとテレビのクイズ番組を見ながら1時間くらい過ごしてから、お風呂に入って自室に戻った。
***
夢を見た。
白い壁、大理石の床、その上に敷いてある毛足の長いラグ。精緻なデザインの椅子に腰掛けた少女の視点になっているのが、目の前の鏡から分かった。少女は金髪とは言えない明るめの茶色の髪に、緑色の大きな瞳が印象的で、鼻筋は通っているものの、白人に比べて低めかな? 口は小さく、唇は桃色。全体的に小作りな顔立ち。どこか懐かしいと思えるのは気のせいかな?
そんな印象を抱いていると、その少女は自分の腕に付けられたブレスレットを見て、笑みを零したのが分かった。
「まあ、またご覧になっていらっしゃるんですか?」
「ええ、好みのデザインなの。とても気に入っているの」
「ですが、姫様ならもっと高価なものを頂いても宜しいのに」
「でも、余りに仰々しいものだと、式典くらいしかつけられなくなるから。でも、これなら毎日付けられるもの」
そう言って、左手首にかけられた細い鎖にいくつかの小さな宝石の付いたブレスレットを、翳すようにしてみせた。
「はあ……、姫様は無欲すぎですわ」
彼女の傍の侍女(?)は、ふう、とため息をついている。
でも、わたしから見ても、彼女が付けているデザインは日常で付けていられるような、シンプルなものだった。もちろん、悪い意味でではなく、いい意味でいつも身に付けていても問題ないようなもので、お気に入りというのがわかる。
それにしても、ここはどこなのかしら? まるで神殿というか、高貴なる方たちのいるような華美な教会という感じ。
なにより、ブレスレットを見て喜んでいる彼女は誰なのだろう。鏡から見た顔はどこか懐かしいという印象を持ったけど、白人にも知り合いがいないし、こんな別世界のような場所は知らない。
ベッドに入って寝たのだから、これはきっと夢なんだろうけど、こんな意味不明な夢は珍しい。いつもの夢は、日常で気になったことが出てきたり、それ以外では、あり得ない――夢だから納得出来るような不思議な力を持っていたり。あれ、これって願望なのかな? っていう、平凡な日常ではないことを夢見てるような。
今見ている夢も不思議なものの方だけど、願望がだだ漏れているような夢じゃない。
その後も、彼女の日常(?)の夢を見て、気づいたら朝になっていた。
「なんか、物語でも見ているような夢だったなぁ」
そう、独り言ちながらも、覚醒していくと夢の内容が記憶からこぼれ落ちていく。
学校に向かう頃には、夢はぼんやりと輪郭だけを残すだけになっていた。