わたしは放課後、図書室で本を読むのが日課だった。
 校庭の賑やかさとは違い、静かな雰囲気と本の紙の香りがするこの空間が何よりも落ち着ける。今は本棚から面白そうな本を一冊取り出し、集中して一気に読み終わったばかりだった。

(はー、面白かった)

 図書室で声を出すのはマナー的によろしくないので、心の中で叫ぶ。
 今読んだ本は、列車トリックを使ったミステリーもの。日本の分刻みの時刻表を上手く使った犯人のアリバイを崩していくところから、何故殺人を犯してしまったのかという動機など、心理的なことも丁寧に織り込まれていた。

 うん、わたしにはこんなトリック考えられないわ。
 よく言えばおおらか、悪く言えば大雑把なわたしの性格では、一生かかっても考えつかない物語。けれど、そういったものを図書室ここでは読むことができる。
 余韻に浸りながら、疲れた目を癒すために目薬を差した。
 わたしは近視のため眼鏡を使用しているけど、ド近眼ではないので、本を読むくらいは裸眼でできる。
 さて、今読んだ本を返して次に読む本を探そうと、椅子からそっと立ち上がった。本を抱えて本棚のほうへ向かう。
 まずこの本を返して、次はどんなジャンルを読もう――と、本を持って棚のほうに移動したとき、眼鏡をし忘れていたことを思い出した。
 同じミステリーを探すなら本棚は同じだし、このままでいいか――なんて思って、次の本を考えていると、かすかに人の声が聞こえた。

 あれ、いつの間にか人が来てたんだ。
 どうも本に夢中になると、周りのことが見えなくなるらしい。
 まあ、図書室を利用する人は少ないけど、生徒なら誰でも入れるわけだし、わたしが本に夢中になっている間にほかの生徒が来てもおかしくないけど……図書室では静かにしてほしい。
 しかも声が聞こえるのは、今持っている本があった場所に近い。
 ここは私語は謹んで欲しいというべきか、何も言わずに本だけ返して関わらないか――そう思いながら、目的の本棚に行こうとして。

「どうして、ダメなの?」
「よく知らない女性ひとと付き合う気はない」

 ちょ、もしかして告白シーン? 見たら駄目なのでは……
 そう思うと、足が止まる。
 けど、本を返したい。返して次が読みたいという気持ちと、プライベートな会話を聞き続ける躊躇いと、どうしようか迷う。
 だって、どちらにしろ、こういうパターンって動いたら気づかれて気まずい思いをすることが多いシーンだもの。
 どうしようとオロオロしている間も、告白シーンは続いていく。

「だから、付き合いながら知ればいいじゃない。そもそもクラスメイトなんだから。もう一学期は一緒に居たんだよ? まったく知らない人じゃないじゃないの?」
「確かにクラスメイトだけど、知っているのは顔と名前だけだ。それに知りたいとも思わない。興味もない」
「酷いっ!」

 女の人の高い声とともに、パシッと乾いた音が響いた。
 うわっ、修羅場です。
 ホント、気づかないで。気づかれた怖い。こんなシーンを見られてたなんて知られたら、絶対に恨まれそう。特に女の人の方から。
 なるべく気配を消すつもりで、思わず息も止めてしまい、慌てて聞こえないように深呼吸を繰り返す。なんて馬鹿なんだろう。気配を消すつもりが息を止めてしまうなんて……。
 それでも二人には気づかれなかったのか、女の人が「バカっ!」と叫んで図書室から出て行った。
 はぁ、良かった。

 でも、まだ男の人のほうが残っている。
 しかもこちらは、先ほどの会話から冷たい受け答えをしている人だ。見つかったら、冷たい一言をもらいそう。
 うう、早く行ってーー!

「いつまで隠れている気だ?」

 本棚の向こうから、そう問いかけられて、緊張で体が一気に竦んだ。
 き、気づかれてた……。
 でも、そう言われたからといって、のこのこ出ていく気になれない。だって、怖い。この人、さっき冷たい言葉を女の人に投げてたもの。わたしも何を言われるか……。
 逃げたくても、わたしのほうが図書室の奥のほうに位置するので、逃げることはできないだろう。でも、自分から出ていく気にはなれない。
 どうすれば……。

「盗み聞きとはいい度胸だな」

 ひーっ!
 おたおたしている間に、向こうから来たーっ‼

「ぬ、盗み聞きする気は……そもそも、図書室ここで、そんな話しないでください!」
「俺がしたくてしたわけじゃ――」

 相手は話しているのを途中でやめて、こちらを凝視してくる。……たぶん。眼鏡忘れたのでしっかりと分からないけど。
 なんとなく居たたまれず、本をぎゅっと握りしめる。
 図書室愛好家が図書室に居るのは当たり前なのに、使わない人がこんなところで告白される方が問題じゃない。うん、ぼやっとしかわからないけど、図書室でこの人を見たことがないもの。
 それなのに、文句を言われるのは理不尽じゃないの?
 わたしが理不尽に起こっている間、目の前の人は固まったままで。

「あの……」

 思わず声をかけてしまう。
 目を見開いて凝視してくるので、若干の居心地の悪さを感じてしまうものの、先ほどと打って変わって硬直してしまったままなので心配になる。
 急に具合でも悪くなったのかと気になって、手を伸ばして――

「――――けた。■■――」
「えっ⁉」

 小さく何かを呟いたと思ったら、さし伸ばした手を取られて引っ張られた。
 おかげで、よろけて前につんのめる。倒れるかと思ったら、目の前の男性に抱きとめられた。
 抗議の声を上げようと思う前に、背中に手を回されて強く抱きしめられた。

 

 

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