第07話 はじめての町(4)

 疲れる食事を終えたあと、二人は町に出た。
 優花はあまり世界のことを知らないため、町の中を歩いてベルディータに説明してもらう。大体どこの町でもあるのは役場、治療院、学校など。優花が思っていたよりしっかりしているようだった。
 あちこち見ながら、宿とは別の場所で夕食を終え、今は宿に向かって歩いている。町の中を歩きながらも、保存食になりそうなものもいろいろ選ぶ。
 この町を出ると次の町まで野宿の可能性もある。特に魔物を探すのなら、探す時間も考えなければならない。
 そのために通常よりも多めに買うことになる。買ったものはベルディータが器用にもこことは違う空間においておき、いつでも取り出せるようにしてしまった。
 ルール違反な技だ、と優花は思う。でも、もし万が一ベルディータと離れた場合、一文無しだと困るので、優花は優花で荷物を持つことにした。
 夜になっても人通りが絶えない道を歩いていると、ある屋台から甘い香りが漂ってくる。
 何かな、と覗いてみると、小麦粉を練って一口大にしたものを揚げているお店のようだった。

「少し買ってみるか? 代表的なおやつだ」
「え? でも」

 躊躇う優花をおいてベルディータは店主に向かって話しかける。

「それを銅貨三枚分」
「あいよー」

 太った店主はベルディータの注文に快く返事して、上げたてのお菓子を紙袋に入れる。適度に入れて秤で測って確認した後、銅貨三枚と交換になった。
 ちなみにここは銅貨、銀貨、金貨の三種類の硬貨がお金になっている。紙幣はない。硬貨のほうは薄くて比較的軽めに出来ているため、持ち運びにそれほど不便はないらしい。
 ただ、日常的なものは銅貨と銀貨のみでたいてい足りるそうだ。金貨は高価なものを購入する時に使うくらいだとか――と、ベルディータが道すがら説明してくれたのだが、優花が渡された荷物の中には、金貨がずっしりと入っている袋がある。
 その話を聞いた後、優花は青ざめながら心の中で叫んだ。

(ファーディナンドさん、奮発してくれるのはいいけど、こんなにたくさん持たせないでっ!)

 盗賊なんぞに出くわしたら、貰った荷物を守りきる自信なんてない。そうなったらせっかく用意してもらったものも意味がなくなってしまう。
 とりあえず宿に着いたら荷物の中に入っているお金を分散して、なるべく身につけるようにしようと考えた。

「ほら、落とすなよ」
「え? あ……」

 目の前にホカホカと温かい紙袋を差し出されて、慌てて受け取ってしまう。銅貨三枚でもお菓子は結構な量だった。

「あったかい」
「揚げたてらしいからな。先ほど言ったように、一口大にして揚げたもの、焼いたものが間食として一番多いな」
「そうなんだ。そういえばお米ってないの?」
「オコメ?」
「えーと……これくらいの小さな粒で、生のままでは固いんだけど、適量のお水で炊いて作ると柔らかくなって……こう、これくらいのお茶碗に盛って食べるんだけどねー。あー懐かしいなぁ。ほかほかご飯に味のりを箸で食べるの。やっぱり炊きたてが一番美味しいんだよね。白いツヤツヤホカホカのご飯!」

 朝はパンが多かったけど、一日三食のうち、必ずご飯は食べていた。
 日本人の主食と言ったらやっぱり米だよね、と茶碗に盛られた白いほかほかのごはんを思い出しながら長々語る。

「……ユウカの説明では、途中から私情が入っていてよく分からないぞ」
「ああ、ごめんごめん」

 とはいえ、思い出すと懐かしくて、つい止まらなくなってしまった。
 最近ではフォークとナイフの使い方も様になってきてはいるが、最初の頃はファーディナンドによく怒られたのだ。曰く、神なのだからもう少し……というか、しっかりとした使い方をしなさい、と。
 そこまで思い出して、更に横道に逸れていることに気づく。

「そうだな、ある地方にそういった小さなものをスープに入れて食べる習慣があるはずだ。それがユウカの言うオコメとは限らないが」
「ふうん。でもそこに行くの、楽しみかも。やっぱりお米も食べたいし」
「そんなに美味しいものなのか?」
「美味しいというか、主食だったからね。パンよりご飯のほうが馴染むというか」
「なるほど。食生活の違いか」
「うん。まあ、宮で出てたのは食べやすいものだったからいいけど」

 基本的に好き嫌いがないため、不味くなければ結構平気で口にすることができる。
 ただし、今思うと姿形がないものに限定されるだろうな、と思う。料理されて原形がなかったら気にしなかったけれど、今日あちこちの露店を見てつくづくそう思った。

 ほかほかと温かいお菓子を抱えながら宿に入ると、そのまま借りた部屋まで向かう。
 部屋の中は入ると荷物を置く棚と、その前に机と椅子があって座って寛げるようになっていた。奥のほうにベッドが二つ、間に小さな机が置いてある。多分宿などではこれがありきたりな部屋なんだろう。

「そういえばお風呂とかないのかな?」

 荷物を置きながら呟く。
 元の世界でなら、各部屋にユニットバスなどが付いているが、ここはお風呂もトイレもついていないようだ。
 そもそも、中世ヨーロッパもどきの世界では、風呂に入るという概念もないだろう。宮でも日本のように湯船につかってゆっくりするというより、身を清めるという使い方だった。
 が――

「一階の奥のほうにあるぞ。というか、普通各部屋につくものではないだろう」

 ベルディータは風呂自体はあると言った。

「お風呂あるんだ」
「公衆浴場は必要だろう。体をきれいにしておかないと病が流行る」
「あ、そこはそういう認識なんだね。良かった。……ただ、わたしがいた所だと普通にお風呂もトイレもついてたから、ないのかと思った」
「それはまた至れり尽くせり、だな」
「そうだね、今ならわたしもそう思う。わたしがいた世界は精霊術のような目に見えない不思議な力はなかった。その代わり科学ってのが発達していて、そのおかげで結構いい生活だったと思う」
「成る程」

 優花は答えながら宿で貸してもらった部屋着を取り出して、ベルディータに差し出した。自分の分も持って、それぞれ風呂に向かう。
 一階の風呂場にたどり着くと、男性用と女性用に分かれているためそれぞれ別の扉をくぐる。
 他の人と一緒に入る銭湯ようなところは修学旅行以来だ。優花はちょっと緊張しながら中に入った。
 人目につきたくないので脱衣所の隅のほうに移動して、こそこそと服を脱ぎ始める。幸い脱衣所自体には優花以外いなかったため、急いで服をまとめて浴場に向かった。
 洗い場で体を洗って浴槽に――などと考えていると、お昼に会った女の人に声をかけられた。

「あら、あなたは昼間の……」
「あ、お昼のときの……?」
「ええ、あの時はごめんなさいね。あ、私ヘレナって言うの。あなたは?」
「わたしは優花って言います」
「そう、よろしくね」
「はい、よろしく。あの……他の方は?」

 この場にいるのはどうもヘレナだけらしい。一番最初勢いよく質問してきた二人を嗜めてくれた人だ。
 残りの二人がいるとなると、また質問攻めになってしまうため、優花は思わず尋ねてしまう。

「心配しなくても大丈夫よ。あの二人は長湯できないらしくて、さっさと上がってしまったの。私はお風呂が好きだからのんびり入っていた所に、あなたが来たってわけ」
「そうなんですか……って、なに見てるんですか?」

 優花はヘレナにじっと見られて思わずなんだろう? という気持ちになる。
 ヘレナは笑って、「ああ、ごめんなさい。子供だと思っていたけど、そうではないみたいね」と苦笑しながら答えた。
 いくら幼く見られるとはいえ、優花は十七歳。それなりに女らしい体つきになっている。特に優花は美容体重というより標準体重に近いため、小柄ながら比較的肉付きがいいほうだ。

「……はぁ」
「背と顔立ちを見るとまだ十二、三くらいだと思ったけど、体つきを見ると違うみたいだから」
「……そーですか。というか、ヘレナさんはいくつなんですか?」

 女性に年を聞くのは失礼だが、この世界の人の年齢というのはいまいち分かりづらいのだ。
 もちろん彼らにすると、優花の年齢のほうが分かりにくいのだろうが。

「十七よ」
「え!?」
「十七よ。見えないかしら?」
「いえ、もっと年上かと……。というか、同い年だからびっくりで……」
「ええ!? あなた十七なの?」
「はい」

 ヘレナにものすごく驚かれたけれど、優花も驚いた。
 優花からするとヘレナは落ち着いた雰囲気があるせいか、優花からすると二十歳くらいはいってそうだと思ったのだ。

 

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