第07話 はじめての町(2)

 町の入口には関所がある。
 これも世の中が荒廃して、盗賊だの魔物が増えた結果らしい。ある程度の規模の町だと、城壁で囲んで守るのだとベルディータは説明する。

「そうなんだ。そういえばわたしたち中に入れるの?」
「大丈夫だ。精霊術士は術士になった時に身分証明をもらう。それがあると大抵の町は問題なく入れる。どの町でも精霊術士は歓迎されるんだ」
「そうなの?」
「ああ、ファーディナンドにそれも用意させてある」
「さすがファーディナンドさん。お仕事早いなぁ」

 さすがに抜かりないといった感じで、優花は感心するしかなかった。思わずため息が漏れる。
 そんな優花に、ベルディータはローブの中からあるものを取り出した。

「これがそうだ」
「これ?」
「ああ」

 それは細かい文様が描かれた上に六忙星に、中央に赤い石が嵌まっている。
 それに鎖がついてネックレスのように首に掛けられるようになっていた。

「常に身に付けるように出来ているのと、石の色で術士のレベルを表している」
「へえ、でもファーディナンドさんのことだし、ベルさんだからーって結構高位にしてない?」
「そうだな。赤は一位とまでは行かないが、かなり高位に入る。二位以上だといろいろ制約が出てくるからな。中位より上程度にしてあるはずだ」
「なるほど。わたしは何にもないけどいいの?」

 やはりファーディナンドはベルディータのことを軽んじられるのが嫌らしい。それ相応の地位を用意していた。
 まあ、本来の力を使えば、精霊術師としての地位など無関係なのだから、それ相応の地位でもいいのかもしれない。

「大丈夫だろう。ファーディナンドが言ったように師匠と弟子という関係が多いため、最近はある程度は大目に見てくれるらしい。ましてや赤の精霊術士なら逆らうような真似をする者は少ない」
「そうなんだ」

 感心している優花に、ベルディータが「だから離れられないぞ」と囁く。

「う……」
「そう言うが、宮の出す通行証では大げさになりすぎる。正式に発行してくれるものは神官でも中位程度まで上がらないと出してくれないからな。あんなものを見せたら近寄ってくる者が多くて大変だぞ」
「う……、確かに大げさにはしたくないけど……」
「だから精霊術士の師匠と弟子という関係を上げたのだろう」
「……それに文句をつけたのは誰だっけ?」

 そこまで分かっているのなら、いちゃもん付けるんじゃない、とばかりに優花はベルディータを睨みつけた。
 けれどもベルディータはまったく堪えていない雰囲気で、偉そうに「私だ」と答える。ふふん、とばかりに鼻で笑われて、優花の眉尻がぴくぴくと動いた。

「と、とにかく町に入れるなら問題なし! ってことで!」
「いいのか?」
「いいも何も他にないでしょ! とにかく行こう!」

 下手にこれ以上話をすると、先ほどのようなことになりそうな予感がして、優花はここで話を終わらせる。
 反対に町に対する期待感を膨らませて、ベルディータの手を取って引っ張った。
 前を向いていたため優花には分からなかったが、手を取られたベルディータの顔は嬉しそうに緩んでいた。

 

 ***

 

 町の入口にたどり着くと、それなりの装備をした男の人が近づいてくる。
 ベルディータは何も言わず、先ほどの精霊術士の証を取り出すと、その後、優花を自分の弟子だと言った。

「そうですか。もしかして聖水鏡宮まで行かれたのですか?」
「ええ、年に一度は神にあいさつのために伺っていますから。今回は初めて弟子を連れてになりましたよ」
「なるほど、初めてのお弟子さんなんですね。お疲れ様です」
「ありがとう」
「それでは良い旅を」

 にこやかな笑みを浮かべて話す姿に、表情をなくし「アナタ誰デスカ?」とツッコミを入れたい心境で、優花はベルディータと門番のやり取りを見ていた。
 結局、終始にこやかな会話で終わり、優花はベルディータに背中を押されながら町に入る。

「ベルさん……」
「ん?」
「結構、世慣れてる?」
「そう見えるか?」
「うん」

 北の森に一人で居たというのを信じている優花には、ベルディータの対応がちょっと信じられない。
 明らかに人と話をしなれているような感じなのだ。

「まあ、たまに気分転換と情報収集に町に出ることがあってな。そのおかげか」
「……そんなこと、一言も聞いてないけど?」
「言っただろう。どれだけ時間を共に過ごしても、心に響くような相手でなければ無意味だと。時折町に出てきて人と会話をしても、北の森にいるのと変わりはないぞ。ああいう対応は出来てもそれだけだ」
「そんなもの?」
「数百年という長い間、何度も人に接してきたが、残念なことに心を動かされるようなことはなかったな」
「うーん……」

 しみじみと語るベルディータに、反対に数百年もそんな状態だったのに、よく自分にこれだけ構うものだとつくづく不思議な気持ちになってしまう。
 それでも彼がいなかったら、今現在も聖水鏡宮で神様の代わりをしていたのだろうから、その辺は興味を持ってくれたベルディータに感謝するべきなんだろう。
 もちろん、されそうになったことを考えると、どうしても素直に思えないのは仕方ない。昨日の出来事を思い出して、優花は深いため息をついた。

「とにかく、今日泊まる所を探さなければ野宿になってしまうぞ。森の中なら仕方ないが、町の中では嫌だろう?」
「そうでした。ちょうどお昼時みたいだしね。宿と食堂を探そう」
「そうだな」

 少し歩くと大通りに出る。そうすると人が行き交っていて、なにやら活気を感じた。
 道の両脇には露店が並び、野菜や果物などが色とりどり並べられていた。店員と交渉している客や、何を買おうか迷っている人に、一押しの商品を饒舌に語る店の人。
 その間をすり抜けていくのは、町の人たちと、精霊術士や剣士と思しき人たち。
 聖水鏡宮にはない、人の生活感を感じる。

「すごっ……やっぱり活気あるね」
「ここは宮に一番近いため、旅人が多いからな。大きな町へ行けば更にすごいぞ。全く、キョロキョロして田舎から出てきた小娘みたいだ」
「う、どうせ田舎もんですよー」

 初めて見る光景なのだから、気になって周囲を見回しても仕方ないだろうと思いながら、恥ずかしくてそっぽを向くと、今度はベルディータに手を取られた。

「ベ、ベルさん!?」
「はぐれたら困るだろうが」
「う……ないとは言えない」
「はぐれてしまっても見つけることは可能だが、身分証明がないと面倒だぞ」
「なら、何か適当に作ってくれれば良かったのに」
「無理だろう。あれだけ人嫌いだったのに、ユウカの心配をしていたのだから」
「あー……、わたしってそんなに頼りないのかな?」

 ファーディナンドにしては珍しく、旅に出ると言った時に反対した。
 ベルディータの口添えがあってできるようになった旅だ。
 それに。

『ベルディータ様のことをお願いします』

 思い出してしまったのだ。ファーディナンドに言われたことを。
 ファーディナンドは色々な意味でベルディータと離れないように、身分証明やら何やらを作らなかったようで、さすがとしか言えない。
 人と関わってきた分、ファーディナンドのほうが、ベルディータよりそういったところは一枚も二枚も上手らしい。
 打てる手はすべて打ってあり、優花のような若輩者は、大人しく従うしか道は残されていないようだ。

(さすが亀の甲より年の功。でもって狐狸妖怪です、ファーディナンドさん……)

「どうした?」
「ううん、別に。ちょっとやられたーって思っただけ」
「そうか」
「うん。まぁ、ファーディナンドさんに勝てるわけないんだけどね」
「納得したなら宿へ向かうぞ」
「うん」

 取られた手はそのままで、二人は並んで歩き出した。
 人の行き交うところで手を繋ぐのは恥ずかしかったが、でも嫌じゃない。手を引いてくれる人がいることを嬉しいと思うから。
 行き交う人をすり抜けて、ある宿兼食堂の扉に手をかける。

「ここは結構食事が美味かったんだ」
「へえ。やっぱりベルさん詳しいね」
「とはいえ、三十年前の話だがな」
「……ベルさん。それじゃ味とか変わってるよ……」

 さすが長寿。時間の感覚が違う。優花は苦笑するしかない。

「まあ、当時店主が頑固親父だったため、その意思が引き継がれていれば、あまり変わりはないだろう」
「ま、いいけどね。そんなに美食家じゃないし」
「そうなのか?」
「うちは貧乏とまでは行かないけど、裕福でもなかったもん。やっぱり普通のご飯が一番慣れてるよ。ナイフとフォークで気取るのは面倒くさいし。安くて適度に美味しい所のほうが好き」

 庶民万歳、だ。カタカナの料理より、安くて美味しい定食屋のほうが優花は好きだ。言ってしまえば口にあって不味くなければ問題ない。
 ただ、世の中ゲテモノ料理なんぞもあるので、それだけは避けたい。いくら珍味と言われても、元を見たら食欲をなくすようなのはやめて欲しい。
 そんなことを考えていると、ベルディータがすぐに店主と話を始める。食事の前に宿の確認といった感じだが、話の流れを聞いていると一部屋か二部屋にするかという話だ。

「ベ、ベルさん二部屋で!!」
「ユウカ?」
「勝手に決めてないで! 二部屋でいいじゃん!」
「いや、それが……」
「すまないがお嬢ちゃん。あいにく今日は空いている部屋は一人用と二人用の一部屋ずつなんだよ」
「え? そんな……」

 二部屋に一人で泊まるなんて、不経済だと感じてしまうのは貧乏性だからだろうか。もらった荷物にはいくらかのお金が入っていたけれど、収入のあてがない以上、迂闊に使うのは危険だ。
 優花は頭の中でパチパチとそろばんを弾き、出た結果は、

「二人用を一つで……」

 だった。
 旅の始まり一日目から大変そうである。

 

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