011 変人認定(フィデール)

 信じたくない事実が真実になってしまった――と頭を抱えたくなった。
 よりにもよって彼女が“玉の乙女”とは――もっと女らしい人なら良かったのに、というのが本音だ。

「いや、あの……できれば『引っかかったな』とか言って欲しいんですけど。いつもの貴方のように」
「おい」
「駄目……ですか、ね?」
「いい加減、現実を見つめろよ。その現実逃避する癖は抜けないようだな」
「う……」

 彼に突っ込まれて呻くしかない。確かに自分は現実逃避する癖があるのは分かっている。
 第三王子という身分。けれど、身分のない母を持つ故に後ろ盾もいないし、黒いのは目だけ。それなのに他の誰よりも高い魔力。そのため疎まれている。

 だからこそ現実逃避をしたいのに!
 なんでよりによってミオさんが乙女なんだ!
 なんで彼が今ここにいるんだ!
 あああああああ……もうどこか遠い所にでも旅に出ようか。何もかも捨てて。

「おい、いい加減戻って来い。本当に進歩してないな」
「うるさいですよ!! 現実逃避をさせたい元凶が何を言うんです!?」
「俺のせいじゃないだろうが。開き直るな」
「現実逃避すれば現実に戻すし、開き直れば開き直るなと言うんですね、貴方は!」

 自棄になって、空になったグラスを八つ当たり同然に机にガンっと勢いよく置いた。
 その態度に彼は軽くため息をつく。

「その現状を招いたのは他ならないお前だろうが」
「……っ! 貴方に何が分かるんです!?」

 分かるわけがない。全てに恵まれてきた彼には。
 同じ王族でも、彼と自分では扱いが余りに違いすぎる。
 正論だとしても、後ろ盾のないあの魔窟で自分の意見を押し通すことなど私には出来ない。

「自分の立場を嘆くのもいいが、それよりも先に考えることがあるだろうが。お前の国も問題だぞ?」
「……貴方のことでもあるんですよ」
「そうだな。まあ、俺はどう動くかもう決まってる。迷う必要なんかないさ」

 飲み終わったのか、氷を入れて新たに火酒をグラスに注ぐ。
 答え? なんの答えだというのだろう。彼の気持ちはすでに昔聞いていた。
 なら、やはりミオさんを一刻も早く返すべきだろう。彼女も帰りたがっている。

「分かりました。なら貴方の力も貸してください。少しでも早くミオさんを元の世界に返します」
「どうしてそうなるんだ?」
「貴方が言ったんですよ。乙女など要らない、と」
「まあ、前に会った時は言ったな」
「だから――」
「気が変わった」

 今、なんて言った?
 思わず末梢したくなる会話を、もう一度頭の中で再現する。
 彼の言葉――気が変わった。
 前に彼は乙女など不要と言った。彼の国には必要ない、と。だからあの予言も迷惑なものだと。それが変わったということは、彼は力を欲し始めた?

「貴方は……世界を掌握するつもりなのですか?」

 もしそうなら、大国のうちの一つ――ラ・ルースの者として放ってはおけない。
 彼と争った場合、負けるだろうと断言できるが、それでも、むざむざと乙女――ミオさんを彼に渡すわけにはいかなかった。
 おかげで酔い始めた頭はすっかり冷めて、私は彼を睨みつけた。

「ほう、お前でもそういう顔はできるんだなぁ」
「茶化さないでください! それより質問に答えてください」
「――だとしたら?」
「止めます」

 たとえ相手がラ・ノーチェ屈指の魔力の持ち主だとしても、何かしらのやりようはあるはずだ。
 たとえば――無理やり先にミオさんを元の世界に返してしまうとか。異なる世界からの召喚は魔力の消費が激しい。だから、彼がまた彼女を召喚しようとしたら、それなりに魔力の消耗になる。
 それはラ・ノーチェにとっても打撃に繋がる。彼ならそんな愚行はしない気がする。
 そんなことまでしてミオさんを引き留めないだろうし、居なくてもどうにでもなると割り切るに違いない。

「絶対に止めてみせます」
「本気らしいな」
「ええ」
「なら――」

 彼の声が一段低くなる。自然と喉が上下した。場合によっては今までの仲もこれまでになる。

「そろそろ本音で話をしようか」
「はい!?」

 グラスを持ってニヤリと笑う彼に、こちらのほうが目が点になってしまう。
 先程までの会話も十分剣呑な雰囲気を漂わせていたのに、まだこれからが本番なんですか!?

「そう素っ頓狂な顔するなよ。お前がどれくらいの意志の強さがあるか見たかっただけだ」
「……」
「俺を敵に回してでも国をとるか――な」
「……そんなの決まってます。私にはこの国以外他にありません。そう、教え込まれてきました」

 魔力が高かったために、この国から出ていかないよう、小さい頃から教え込まれた教え。
 どんな時でも国を一番に考えること。
 刷り込まれた教えはなかなか消えることはない。だから親友だと思っていた彼を敵に回しても、私はこの国を優先するだろう。

「だから、だ。これから話をするのは、お前の家族にとっては困る話だが、この国にとってはいい話だと思っている」
「どんな話ですか。私はどうなるんです?」

 何が良くて何が悪いのか。家族にとって困るというのなら、自分もそれに入るのだろう。
 そんな話に乗れというのだろうか。家族愛などはほとんど持ち合わせてはいないが、それでも余りいい話ではない気がする。

「お前は……心がけ次第、だな」
「一体どうしたらそんな話になるんですか」
「とりあえずはミオに自覚をしてもらうこと、か」
「……ミオさんを乙女に仕立て上げる気ですか?」
「仕立て上げるも何も、ミオは正真正銘“乙女”だろうが」
「それは……」

 断定しないでください、という言葉が喉元まででかかった。
 いけない。いけない。現実逃避をしている暇はない。

「そうして、どうするんです?」
「ミオの――乙女の発言は絶対になる。となれば、現在、王位継承権が四番目のお前でも、ミオの一言があればお前はこの国の王になれるからな」

 乙女の発言は王位継承権を覆す――それは考えなかった話ではない。
 でもそれを面と向かって言われると、言葉が出なかった。
 自分が王の器かどうかは置いておくとしても、この国のことを考えれば、父に、そして兄達に任せておくのは無理だ。
 家族を批評するのは気が引けるが、彼らは民を見てはいない。自分たちさえよければいいと思っている。
 不満が目に見えて出てこないのは、まかりなりにもここは大国で、経済的にはなんとかなっているからだ。それもいつまでもつのか――

「お前もこの国が腐りきっていることくらい分かっているだろう」
「貴方にはっきり言われるのも悲しいものがありますね」
「事実だろうが。今の王にも、王太子にもこの国を維持していく力などないのは。今誰がこの国を支えてる? 王だなんて寝言は言うなよ?」
「うぅ……」

 悔しいがそれは事実だった。王は魔力が強くなければならない。王がその国の最高司祭も兼ねるというのは、どこの国でも当たり前のこと。
 けれど、前王――祖父の時代はまだしも、父には王としていられるほどの魔力はない。また兄たちも同じ。
 反対に、何故か身分の低い母から生まれた自分の魔力は高かった。そのため、今は王と最高祭司が別々という状況になっている。
 その矛盾が臣下にも分かっているため、王は侮られているし、それを見ている兄たちは、自分たちもいずれそう見られるだろうと考えているようだ。
 だから自分を使うことで、彼らの方が上だと見せつける。
 そんなことをしても無意味なことに気づかずに。

「王が……父が力がないのは認めます。けれど……」
「それでも政治家としての能力があればいい。でもそれもないだろう?」
「……そこまで知っているんですね」
「当たり前だ。最近のことに関しては、国内はともかく、国外に対する対応はお前の指示してるだろうが。占いとかなんとか最もらしいことを言って動かしているんだろう?」

 見事に事実を当てられて、ぐうの音も出ない。
 なんで彼は遠くに居ながらこちらの事情をしっかり把握しているのか。
 まあ、彼なら何でもありな気もするけれど。

「それを知った上でどうするつもりなんですか?」
「だから言った通りだろうが。もう酔っ払っちまったのかよ?」
「いいえ。余りに話が突拍子すぎるので、また現実逃避したい気分なんです」
「おい。本来なら現実逃避するんじゃなくて、俺をどうにかすることを考えないか?」

 呆れた顔で返してくる彼に、どうやったら自分より実力が上の人物をどうにかできるのか問いたくなる。
 自分を基準に考えないでほしいものだ。

「貴方をどうにかできる人間なんているんですか。まずその辺りを教えてもらいたいものです。いれば是非ともその人をこちら側に招きたいですからね」
「そうだな、一人くらい居るんじゃないのか」
「一人……はっ、ミオさん! ミオさんには珍しくやられていましたね!?」
「……お返しはしたがな」

 情けない話だけど、ミオさんに加担してもらって――と、そこまで考えて、反対に彼と意見が一致して遊ばれそうだと考え直す。それ以上に、彼女なら自分たち二人を同時に相手しそうだ。
 何かいい方法は……と思いつつ、ふと、彼女を乙女にするとしたら、予言のことはどうするのだろう、という思いが浮かぶ。

「そういえば、貴方はミオさんを乙女として仕立てると言いましたが、予言の方はどうするんです?」
「予言ならそのまま使えばいいだろうが。お前には悪いが、ラ・ノーチェむこうラ・ルースこっちの国力に差をつける。ミオ――乙女によってな。それに乙女は一国だけでなくどの国にも発言できる。だからミオが口を出せば、何の問題もなくお前は王になれる。王位継承権など関係ないし、お前の家族はともかく、臣や民は喜ぶだろうよ」
「それはそうですが……」

 国力の差に、相手側に乙女がいる。
 その乙女の指名とあれば、この世界でそれを覆すことのできる者など居なくなる。それがこの世界の現状。
 でも、予言の成就はミオさんがラ・ノーチェ国王と結ばれるということで――

「ミオさんが、素直に頷くとは思えないんですけどね」
「まあ、な」
「それに、貴方はそれでいいんですか?」

 自分の知る限りでは、予言のことを一番疎ましく思っていた人物は彼のはずだ。

「構わない。というより、乙女がミオだったからいい、と言うべきか」
「……」
「普通の女ならその気はなかったがな。あれは面白い。頭もいいから他の奴らに利用されるようなことはないだろう」
「貴方は……」
「ミオといると楽しい人生を歩めそうだよな。そう考えれば、待った甲斐があったとも言える」

 心底面白そうに語る彼に、ため息をつくしかない。
 まあその、言ってしまえば、ミオさんは女性としては規格外に入る。
 それを面白いからいいと言ってしまえる彼は……深い深いため息をつく。彼がその気になってしまったものを、自分がどうにかできるわけがない。

「本当に噂どおりの変人ですよ。ラ・ノーチェ国王は……」

 それでも少し毒づくと、彼は悪びれもせずニヤリと笑ってみせた。

 

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