思い切り声を上げるのはとても気持ち良かった。数日振りで気分良く歌ったので、ストレス解消できた。
歌い終わった時は、周りからパチパチと拍手をもらった。
あ、やばい。歌った爽快感で我を忘れてたよ。目立ちたくなかったのに。
「上手だな」
見ると笛を吹いていた人が、目の前に立っていた。
「いやいや、あなたのほうが上手。邪魔して悪かった」
「そんなことはない。久しぶりに楽しかった。まさか笛の音に合わせて歌ってくれる人がいるとは思わなかったからな」
「そう? でも私も思い切り声が出せて嬉しかった。あ、私は珠生」
「俺はアスル・アズール」
「アスル・アズール? アスル=アズールじゃなくて?」
この世界、一般市民は名前しかないらしい。王族はあるらしいけど、目の前の青年は黒い髪をしてるところから、それ関係のはず。
となると、“・”じゃなくて“=”になりそうなんだけど。
「いや、アスル・アズールが名前」
「おやそれはそれは。また韻を踏んだよき響きで」
「……。くっ、面白いヤツだな」
「あんたもね。……って、王族に対してこんな口利いちゃまずいのかな?」
「別に構わんさ。王宮にいるわけでもなし、今の俺は一介の旅の楽師だ」
「なるほど。ご親切に説明ありがとう。でもかなりの変わり者かな。王族が旅の楽師なんて」
「変わり者ってのは何処にでもいるものさ」
深々とお礼をした後、顔を上げるとアスル・アズールと視線が合って、お互い思わずニヤリと笑みを浮かべる。
あれだ。同じ穴の狢というヤツ。コイツは同類。互いに直感で分かる。
「それにしても、アスル・アズールはどこの国の人?」
「俺か? 俺はラ・ノーチェだ」
「ラ・ノーチェ!?」
「あ、ああ」
「ラ・ノーチェの王様ってどんな人!?」
アスル・アズールの胸倉をガシッと掴んで引き寄せる。
それにしてもでかいな。たぶん身長は百八十以上あるかな? それにしっかりとした体をしている。なんかちっとも楽師に見えないんだけど。あ、元は王族か。
「おい……」
「あ、ごめんごめん。ちょっと気になったもんで」
引っ張っていた手を離すと、アスル・アズールが少し襟元を正す。
そういや旅の楽師だって言ったけど、武器になりそうなのはないし、大丈夫なのかな。この世界、一応盗賊とかもいないわけではないらしいし。
「一つ聞いていい?」
「なんだ? というか二つ目じゃないか」
「そういうことは置いといて。アスル・アズールは旅してるんだよね?」
「ああ」
「……武器一つ持ってないみたいだけど、大丈夫なの?」
尋ねると、アスル・アズールは私の顔を見た後、そして自分の服装をチェックする。何やってるかなー、この人。
そしてしばらくした後、ふっと何かに気づいて、その後笛をずいっと前に出した。
「これだ」
「これって……商売道具じゃないの?」
「やりようによっては武器にもなるぞ」
きっぱり言い切るアスル・アズール。
うわ、目が本気だ。ちょっと同類? って思ったけど、私ここまでいっちゃってないと思う。
「おい、馬鹿にしてるな」
「そりゃもちろん」
「……即答するな。持ってみろ」
更にずいっと差し出された横笛を仕方なく受け取ると、いきなり信じられない重さで前につんのめる。
「うわっ!」
「重いだろう?」
「重いなんてもんじゃないー! なんでこんなの持って平然としてられるわけ!?」
重い。こんなのを横にして一曲吹ききるなんて信じられない。
「日頃の鍛錬のおかげだ。というより、ミオのほうが力がないな」
「日頃の鍛錬って……いったい何やってんのさ?」
「言ったとおり旅の楽師だ」
「……絶対ウソだ」
アスル・アズールの持っていた笛は普通の楽器の重さじゃない。
これじゃあ重すぎて普通口の横に持ち上げるのだって大変だよ。それを普通の笛のように平然と持っている。まあ、これなら大丈夫なんだろうね。
反対に出会った盗賊さん達が気の毒としかいいようがないな。この笛で殴られたら、打撲程度じゃすまないぞ。
***
その後話は二転三転して、気づくと日が暮れ始めていた。そろそろ帰らないと夕食に間に合わないかな。
「あ、そろそろ悪いけど私は帰るよ」
「そうか」
「うん。あ、そういえばアスル・アズールは泊まるところある?」
「いや、これから友人を訪ねるつもりだった」
「あら、邪魔しちゃったかね?」
「別に構わんさ。アイツはいきなり尋ねて、びっくりした顔を見るのが楽しいんだ」
「ほほう。相手も気の毒に」
別に気の毒とは思ってないけど、一応社交辞令(?)でそう答える。
実際、自分がやったらそれは面白そうだと思うからね。アスル・アズールが訪ねて驚く相手を見てみたいものだ。
それにしても魔法に必要なアイテム買うの、忘れてたな。
「どうした?」
「いや、アスル・アズールとの話が面白かったんで、買い忘れたものがあってさ」
「それは、こちらこそ悪かったな」
「いやいや、楽しいからいいけどね。明日買いに行けばいいんだし」
「暇なのか?」
「暇……うーん、そうだねぇ。確かに暇だね。期間限定で」
「期間限定?」
「うん。たぶん一年ほど」
元の世界に帰ったらひと騒動ありそうだし。なんせ行方不明になっているだろうしさ。
きっと色んな噂話が尾ひれ付いて広がって、生活に疲れて自暴自棄になって自殺したとか、ご飯食べれなくて餓死してるんじゃないか、なんて言われてそうだ。
そう思うと帰った時のことは余り考えたくない。だから、それまではのんびり骨休めするつもり。
「なるほど、期間限定か」
「まあね。あ、私はこっち。アスル・アズールは?」
「俺もそっちだ。王宮に用があるからな」
「王宮?」
おやおや、行く場所まで同じですかい。
「王宮というより、西にある離宮だな。あそこの主に用があるんだ」
「西の離宮って……フィデールに?」
「……知ってるのか?」
「うん。今現在お世話になってる人」
「フィデールに? 意外だな」
「まあ、ワケありでね。それにしてもフィデールの知り合いなんだ」
「ああ。アイツが驚くのを見るためにこっそり来たんだ。連絡もしてない」
「はは。確かに驚くだろうね」
私の個人的見解だけど、フィデールはかなり頭がいい。
力もあるから、本当ならかなりの実力の持ち主なんだけど、いかんせんあの性格が災いしている。
あの生真面目さがなくなれば、上の兄たちにだって言い返すことが出来そうだし――なんせ力はあるから、やり込めることは可能(暴力的と言うなかれ)――苦労も少しは無くなりそうなのに。
それと変に頭が良くて先を見通せる分、予想通りにならないと慌ててしまったりするところもあるかな。
だから、どういった知り合いかは分からないけど、なんとなく一触即発状態のラ・ノーチェの王族がいきなり来たら、フィデールはパニックになるだろう。
ま、私は面白そうだからほっとくけど。というか、高みの見物に勤しもう。
「まあ、そういうことなら一緒に行こうじゃないか。上手くすれば夕食ももらえるよ」
「そうするか。ミオと一緒に行ったらさぞかし驚くだろうし」
「はは、確かにね。『どこで知り合ったんですかー!?』ってものすごく驚きそうだし」
普通だったら接点なんてないもんね。数日前は異世界の住人。もう片方は対になる大国の王族関係者。それがいきなり二人で戻ってきたら、あのフィデールなら騒ぎそう。
その光景が目の前に描かれて、私はにんまりとした笑み浮かべた。ふふ、楽しいことは好きなのさ。
アスル・アズールもそんな感じなのか、二人で笑みを浮かべつつ、王宮に向かって歩き出した。
***
「え? いない?」
「はい。先程呼び出されたので、ミオ様には先にお食事を取ってもらうようにと言われてます」
なんと、楽しみにしながら戻ってみると、フィデールはいないと来る。つまらないなぁ。
それにしてもアスル・アズールをどうするか。
ちらりと見てから、私は侍女の人にアスル・アズールがフィデールの知り合いだと紹介してから、彼の分の料理を追加できないか聞いてみる。
「まあ、それくらいのことでしたら大丈夫ですわ。ではすぐに二人分の食事をご用意しますね」
「お願いしますー」
嫌なことだと思わず気軽にしてくれる人に感謝しながら、私はアスル・アズールのほうを振り返る。
「まあ、そういうことみたいだから、先にご飯頂いておこ?」
「そうだな。なら、飯でも食いながら如何にアイツが驚くかを考えるのも一興だ」
「お、それは妙案。ささ、では座りたまえ」
食堂に使っている椅子を引くと、アスル・アズールに席を勧める。
いやあ、アスル・アズールって意外な縁で繋がっていたけど、なかなか面白い御仁だ。彼が当分滞在してくれるなら、私は暇を持て余すことなく、異世界を堪能できそうだ。
「あ、そうだ。聞き忘れてたんだけどさ」
「なんだ?」
「フィデールが来るまでに、ラ・ノーチェの王様についてちょっと教えてよ」
「国王のことか?」
「うん。そう」
「何故……だ?」
「いやいや、フィデールにちょっと聞いてはみたんだけど、ちゃんと話してくれないからさ。切実に知りたいってわけじゃないんだけど、ちょうど知ってそうなアスル・アズールがいるから聞いておこうかと」
うん。別に会うこともなく日本に帰るつもりだけど、関係者がいるなら聞いてみるのも面白そうだよね。
ばれた時のことも考えて、一応対策も考えておかないとならないだろうし。
「そうだな。まず、一言で言うなら……」
「言うなら?」
「ラ・ノーチェ国王は変人の一言に尽きるな」
「…………えと……、へんじん、って変人?」
「そうだ」
うわー、いきなり変人ですかい。
しかも変人のアスル・アズールが言うなんて……思わず目が点になっちゃったよ。