「うわー! 間に合わない!!」
女にしては長身の体で細い歩行者用の道を一生懸命走る。
早くしないと電車に乗り遅れるっ!
この辺は少々田舎なので、電車は十分に一本の割合。先に言っておくけど、十分後だとバイトに遅れてしまう可能性が高いのだ。
――って、あ。自己紹介。
私は日月珠生。今年で二十歳になりました。
なんかさ、字面だけ見ると女の子の名前っぽくないよね。発音だけならともかく。そのせいか雨後の筍のようにすくすく育ち、現在の身長は百七十センチ強。女にしては少々高すぎる。でもモデルをするなら足りない微妙な背丈。
顔は……自分でも顔は悪くはないと思う……んだけど、今まで告白ってのをされた数を比較するとヘコんでしまう。だって、男一人に告白される前に、女の子六人ってどうよ?
まー、男のような格好でバンドのヴォーカルをしてるってのも一つの要因だろうけど。
声低め、身長ある、さらに平らに近い胸――とくると、男によく間違われるのは仕方ない。よくて中性的という感じで、もてはやしてくれるのは女の子のほうが断然多い。
おかげで仲間に髪切れ、男らしくしろ、それで売ろう! なんて言われて、長かった黒髪はばっさり切られた。チクショーッ!
仕方なく気を改めて金髪に染め、調子に乗って目には緑色のカラーコンタクトを入れてみた。髪型に合わせて服装はTシャツにGパンのラフな格好とくれば、もう女に見てもらえない。
でも歌うの好きだからやめられないのだ。悲しいことに。
……って、自己紹介をしている間に、駅にたどり着いたのはいい。けれど、運悪く嫌なものを見てしまう。
あれだ、ナンパってヤツ。ただのナンパなら放っておくけど、いかにも気弱そうな女の子一人にヤローが三人もたかってる。
しかもあの前を通らなければならないというおまけ付き。
それにしてもこのヤローども、ふざけるな。あのかわいい子はお前らには勿体ねぇっ!
こっちは汗水たらして(?)生活費稼ぎのために奔走してるってのに! お前らは昼間っからナンパかよ? いいご身分だなっ!
私情入りまくりの怒りに、気づくと私は走っている勢いを利用して、三人のうちの一人に思い切り蹴りを入れた。
「昼間っから鬱陶しいいっ! 邪魔だ、どけっつーの!!」
私の叫び声とともに、ヤローその一が見事に転がる。
ヤローどもは不意を突かれてびっくりしたらしく、対応に遅れる。
悪いね。私はそれを見逃すほどお人よしじゃないんだ。そのまま持っていたバッグを思い切り振り回して、二人目を地面に転がそうとする――って、勢いがありすぎて、残っていた隣のヤローにぶつかり二人とも倒れた。
おお、共倒れでラッキーだ。
こんなナリだから、結構腕っ節もいいんだよ。女だって言ってるのに、男から『俺の女に手を出すな』という、実にアホらしいセリフを何度も聞かされた結果、ぶち切れ叩きのめすということが重なったせいで。
こうなると自棄になり、女らしくしようと思うより強さのほうを極めたくなるわけだ。
高校の頃は空手部とかに入ってたし。だから、一応起き上がってきても叩きのめすくらいの力はあるんだ。そのまま寝転がっていたほうがいいよ、ヤローども、と思いつつ、私は硬直している女の子に声をかける。
「大丈夫? 今のうちに早く逃げたほうがいいよ」
あれ、今どき珍しい子だ。髪も黒いまま染めてなくてストレートな髪。顔も可愛らしくていかにも純粋そうな子。ナンパするヤロー共の気持ちも少し分かる。
私の声に、その子ははっとなってお礼を言い始める。
「あっあの、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いやいや、当然のこと。それより早くこの場から離れたほうがいいから。それじゃ私急ぐから!」
一日一善――うん。いいことをしたよね。
とはいえ、思わぬところで時間を食ってしまったので、その後は猛ダッシュ。
階段を一気に駆け上り、駅の改札に向かう。こういうとき定期券を持っていると楽だよね。お金出して券買って――なんてことしなくていい。
薄っぺらい定期券を取り出すと、自動改札に通す。まだ期限までだいぶ日があるので、問題なくパスする。
出てきた券を取ると、流れるアナウンスに慌てながら、駅のホームに向かおうとした。
「よっ! 日月」
「は? この声は……大地?」
大地とは、同じバンド仲間で、これまた同じくバイト仲間だ。
それが後ろからのんびりと声をかける。
「なに慌ててんだよ?」
「普通、慌てるって! これ逃したら遅刻だよ!」
「別に十分くらいいいじゃねえか」
「良くない! その十分が家計に響くんだよ!」
「おー、その顔に似合わない主婦根性。見事だねぇ」
パチパチパチ、と手を叩く大地に、私はこぶしを握り締める。
こんのお気楽男がぁっ!
現在、私は大学に通うために地方から出てきて一人暮らしをしている。
実家は割りと裕福なほう……なんだけど、今は仕送り停止中のじり貧極貧状態。
理由はこっちに来てからバンドに入って、歌うことに熱中して、成績を落としたから。いや、一応ギリギリ大丈夫には大丈夫だったんだけどね、留年とかは。でも成績はガタ落ち。
そしてそれが親にバレてしまったわけ。そりゃもう怒られたね。そんなことのために一人暮らしを許したんじゃない、って。そして仕送り停止。
ちなみにそれは現在進行形で、大学も行ってバンドも続けたいのなら、生活費は自分で稼がなくてはならないわけだ。歌うのが好きだから、やっぱり歌うのことをやめられないんだもん。
でも、さすがに二十歳にもなると、歌うのは好きだけどプロになりたいって夢だけではいられない。仲間には悪いけど。
だから大学も一応卒業したいと思っている。そのため今の自分がするべきこと――大学の授業、生活費を稼ぐくらいのバイト――学費だけは出してくれてる、感謝――、そしてバンドのライブと練習……などなど。
――どれだけハードな生活だと思ってんだ。こいつは!
「うるさいな。茶々入れるだけなら私は先に行くからね!」
階段のところまでいくと、すでに電車はホームについていた。
確か停まっている時間は二分くらいだっけ? うわ、急がないとマジで間に合わないや。
のほほんとしている大地を置いて、私は急いで階段を下りようとすると、後ろからバンっと勢いよく背中を叩かれた。
「そっか。まあ、頑張れよ!」
いつもの大地の癖。豪快で、すぐに人の背中をバシンと叩く。
だけど、それをここでやるなあっ!!
案の定、私は階段を踏み外し、一番上から転げ落ちるというか、思い切りダイブした。
くっそー、大地め、後で覚えてろーっ!
***
うぎゃー! と声にならない叫びを上げながら、目を瞑り身構えていると、いつの間にかに地面に足がついているのを感じた。
恐る恐る目を開けてみると、確かに地面に足がついている。
……って、この模様なに?
駅のホームより少しざらついた地面に、白い塗料(?)で奇妙な模様が描かれている。
もう少し視界を広げると、それが円形になっていて、奇妙な模様は何かの文字のように規則正しい円と線を辿りながら描かれているのが目に入った。
あのー……私、駅にいたはずなんだけど……これ、なに?
さらに視界を広げるべく、私は下を向いていた頭を上げる。視界が広がると、そこには一人の男の人が立っていた。
なんか……なぜか外人サンがいる。亜麻色長い髪はさらさらしていてよく手入れされていそう。顔は整っている、のかな? 黒い瞳に、口元が優しそう。
でも、ものすごく困った顔をしてる。どうしたんだろう?
「あの……」
私が声をかけるとその人はびくっと大きく震えた。
あの、私何かしましたのこと?
そういや、相手は外人。言葉が通じないということもある。なので、まず先に声をかけて言葉が通じるかどうか確認を取ろうとした。
意思の疎通ができなければ、どうやらこの現状を把握するのが難しそうだと思って。
「あのー……あ、言葉分かります?」
声をかけると一歩後ずさる。その行動に、ピキっと額に怒りのマークが浮かんだ。
おい、いい加減にしろよ。私そんなに怖いのか? それならもっと怖がらせてやろうじゃないか。
私は相手を睨みながら、一歩相手のほうに踏み出す。
悪いけど、好意的じゃない相手に対して、優しくできるほど人間できてないからさ――そう思っていると、相手が突然叫び出す。
「うわああああっ! 私ってば、なんてことをしたんでしょう!?」
はい? だからなんだって?
ツッコミを入れたいところに、相手はまったく気にせず、両手で頭を押さえて左右に振りながら叫ぶ。
うるさいってば。大の大人がそんなに騒ぐんじゃないっての!
思わず黙らせるために手を伸ばそうとした瞬間。
「なんで……なんで……!」
「だから、何?」
「なんで、『玉の乙女』を召喚しようとしたのに、なんで……なんで『男の人』なんて出てきちゃうんでしょうかぁああ……!?」
………………こらまて、誰が男だ?