二人の花嫁 8

 泡が飛ぶバスタブの中で、マリの反応を窺っていると、マリの顔はどんどん赤くなっていった。

「……ふーん、マリも殿下のこと好きなんだね」
「なっ、そっ……そんなっ、こっ……」
「その動揺しているところから丸わかりなのよ。マリちゃん」
「うーーっ」

 かわいいねぇ、ホント。
 うろたえぶりを十分楽しんだ後、本題に戻る。

「で、マリの気持ちは分かったけど、どうしてはっきり言わないの?」
「……だって」
「だって?」
「そんな風に聞かれてないし、それに……」
「それに?」
「…………」
「マ・リ?」

 聞かれてないってことに関しては後で殿下に問い質すとして、他にも引っかかることがあるようだった。
 なかなか口を開かないマリに、あと十数えるうちに言わないと……と脅しをかける。別に何も考えてないけど、時間を区切られると慌てて喋り出すのよね、マリは。

「いーち、にー、さーん……」
「言う! 言うから待って!!」
「じゃあ、なに?」
「それは……」
「マ・リ?」
「……なんか、成り行きでわたしになっちゃったけど、リアはそれでいいの?」
「は?」
「だって、リアだって同じ名前なんだよ? わたしじゃなくて、リアの方かもしれないのに、どうしてわたしにしてくれたの? わたしよりリアのほうが人前に出ても上がらなくて……しっかりしてて、それに殿下と並んでも……リアのほうが似合ってて……でも、わたしは……」

 だんだん声が小さくなり、代わりに嗚咽のようなものが混じる。
 うーん……あたしとしては、マリに押し付けてしまったという気持ちだったんだけど、マリはマリで「わたしでいいの?」とぐるぐる悩んでいたようだった。
 うん、ごめん。もうちょっとフォロー入れとくべきだった。

「マリ、あたしはマリが言うように、はっきりしてるよね?」
「うん。それにしっかるしてるよね。ここにきてそう思った」
「それは環境が変わるってことを知ってるから。まあ、それは置いといて、あたしははっきりしてるから、嫌だったら嫌だって言うよ?」

 すぐに理解できないのか、マリはきょとんとした目であたしを見る。

「あたしはね、殿下のことを嫌いでもないけど、結婚したいとも思わないの。まあ、その辺、マリの気持ちを聞かないで一方的に押し付けたから、あたしはあたしで罪悪感なんてものを持ってたけど……」

 なんて言うと、マリは逆に「そんなことない」と言う。

「いきなり知らないところに来て、一人は必要だけどもう一人は必要じゃないって言われたら……それがわたしだったら、わたしはどうしたらいいの? って思って何も出来ない……でもリアは……」

 そんなに深刻になることかな、と、んー……と考える。
 あたしがマリの立場で、選ばれたほうだとして…………駄目だ。マリの立場に立つということに嫌だと思うんだけど。自由でいたいのよー……。

「えーと……想像してみたけど駄目。あたし、やっぱり適当な人生がいい」
「リア?」
「あのね、マリ。マリがあたしに対して罪悪感を持つ必要なんてないのよ? あたしはそういうのが嫌で、マリに押し付けたようなものなの。それに、名前からして確かにマリのほうを呼んだと思うよ。だからマリでいいと思ってる」

 あたしは生まれた時から『佐藤マリア』じゃない。母が日本人の男性と再婚したから、その名前になっただけ。だとしたら、最初から『左藤まりあ』だったマリのほうが合っていると思う。
 なんだかんだ言っても、ヘルベルト殿下だってマリのこと気に入ってるし。
 やっぱり、マリにもうちょっと自信を持ってもらわないと。

「ねえ、マリ。あたしは別にマリに譲ったとも、その後も我慢してるなんて思ってないよ。というよりね、マリ、あたしはあんたたちがくっつくのを目の前で見たいの」
「えっ、えっ……?」
「だって二人とも初々しいんだもの。見てると楽しいのよね」

 はい。本音がポロリと出たよ。
 マリは目が点。
 そしてしばらくしてからやっと。

「…………楽しまないでほしい……」

 と答えた。
 うん。ごめん。調子に乗りすぎたわ、マリ。
 きちんと話をしなければならないのに、つい本題からずれてしまったわ。

「ごめんごめん。つい本……じゃなくて、マリの本音を聞きたかったんだけど」
「嘘ばっかり」
「あはは……つい、暴走しちゃって。でも、マリの気持ちを聞きたかったのは本当よ?」
「……」

 恨みがましいマリの目を見ながら、引きつった笑みを浮かべる。

「さっきラルスから聞いたんだけど、この国って他にも王子様がいるんだって」
「……は?」
「マリがヘルベルト殿下が気に入らないって言うと、別の王子と――ってことになるらしいんだけど」

「……初耳だよっ!!」

 だろうね。あたしもさっき聞いたばかりだもの。
 まったく、ヘルベルト殿下も次が控えているなら、もうちょっと本気出さなきゃ横からかっさらわれちゃうわよ……そんなことになっても、知らないわよ、もうっ。
 マリが押しに強い男にも揺るがない心を持っていることを願うしかないわ。

 

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