二人の花嫁 5

「……と思うので、あたしの出番はなし。というか、その他大勢で別に問題ないけど?」

 実際、気楽な状態でいいのよね。まあ、最初にお前はいらないって放り出されたら、さすがに楽観してられないだろうけど。
 逆に大変なのがマリのほう。
 殿下に相談した食生活もそうだけど、マリは引っ越しというものをしたことがない。それなのに生活環境がまったく違う所にいきなり放り込まれたのだから、精神的に参るのは当たり前だと思う。
 あたしはアメリカから日本とかなり生活環境が変わって――馴染むのに苦労はしたけど、そういう経験はある。
 今も、戻れないと思ったら諦めて、さっさとここの生活に馴染むようにしている。というか、食生活やら近くにいる人は昔に戻った感じで気楽といえば気楽だった。

「だから、あたしはあまり気にならないの。けど、マリは普通だった状態からいきなり特別扱いだから大変そうなのよ」
「なるほど」
「食事もちょっと合わないみたいだしね。だからお節介だけど口出したの。欲を言えば、もうちょっと殿下がマリと話して歩み寄るようにして欲しいわね」

 夕食時の会話だけだと、知り合いという枠から外れない。
 でも、異界から花嫁を召喚したとなると、すでに結婚に向けての準備が始まっているという。
 さすがにマリの周りではそういう話題は出てないけど。

「殿下はとても優しい方だと思うけど、少し女性に慣れてないところがあるわね?」
「ああ、よくわかるな」
「わかるでしょ。あれだけ過剰に反応してくれれば」

 さっきだって、未婚の女性と二人きりにはなれないと言いながら、今あたしと一緒だよねと突っ込めば、顔を赤くしてしどろもどろになる。
 うん、まあ、それをあたしはかわいいと思ってしまうんだけど……
 そのあたりから、もう恋愛対象の枠から外れているのよね。
 異世界から召喚してまで花嫁を迎える――しかも、美形(白馬の王子様っぽくないのがちょっと残念だけど、美形は美形だ)。
 かなりロマンチックな話なのに、殿下は初心すぎて年上なのにかわいいと思ってしまう。

「あたしはもうちょっと大人の対応ができる人がいいわ」
「ほう?」
「別に殿下が子供ってわけじゃないけど、さすがに女性に慣れてなさ過ぎて、なんか……妙に微笑ましい気分になるのよね」

 そうなのだ。アメリカにいた頃のボーイフレンドなどと比べると、女の子に慣れてなくてなんとも言えないというか……向こうではハグやキスなんかは親しければ普通なのに、ただ話すだけでしどろもどろになる。
 その様子を見てると妙な気持になるのよね。年下の子相手というのも違うし、女性恐怖症とも違うし。
 どちらにしろ、そんな相手に恋愛感情は持てない。
 上手くマリの心を掴んでハッピーエンドになって……と、切実に願う。
 舞台はまるでハーレクインロマンスだけど、中身は初恋青春ドラマなんだもの。それをスクリーンじゃなく、目の前の人物で繰り広げられていて、それをハラハラドキドキした気分で見ているような感じ。

「――そんなわけで、二人の恋を応援している状態」

 まあ間近で上演中なので、ついエキストラとして入ってしまいたくなるのがなんだけど。今回の口出しもそのうちの一つ。
 面白がってそう伝えると、ラルスさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「そう言ってもらえると助かるな。あんたに野心がなくて何よりだ」
「あんたって……そういう呼び方はやめてほしいんだけど」

 さすがにマリと同じようにマリアと呼ばれなくてもいいから、『あんた』や、『お前』はやめてほしい。

「じゃあ、なんと呼べばいい? 同じ名前だから困るんだが」
「リア、でいい。マリもそう呼んでるし」
「そうか。リア、か。俺のことはラルスでいいぞ。さん付けなどむず痒い」

 まるでニカッと言う擬音が似合いそうな悪戯小僧みたいな顔をした。大人なのに、妙に子供っぽいところがある人だ。
 でも名前で呼んでもいいって本人が言うんだからいいか。
 日本じゃさん付けやちゃん付けで堅苦しかったし。

「じゃあ、お言葉に甘えて。よろしく、ラルス」
「ああ、よろしくな。リア」

 改めて挨拶すると、どちらからともなく手を出して握手していた。

「俺もあの二人を見ていると、ヘルベルトもさっさと口説け! と言いたくなるんだよ」
「あーわかるわかる。あたしも、マリも他人事のようにしてないで、殿下の好みの一つや二つ自分で聞け! って思うわ。マリだって少なからず殿下のことを思っているみたいだし」
「お、そうか? 脈アリか?」
「あるある! 殿下もバッチリよね!」
「おう、バッチリさ!」

 お互いエキサイトしながら二人の様子のもどかしさを愚痴る。
 そうかそうか、ラルスも二人のことを気にしてたのね。だから夕食のとき、妙に落ち着かなかったんだ。
 ある日は食べるのに専念してみたり、ある日はうるさく口を出してみたり……そうして様子を見てたんだ。
 って聞くと、「おうよ!」と勢いのいい返事が返ってくる。

「リアだって、さり気なく趣味を聞くふりをしてマリ様に教えたりしてるだろ」
「だって、マリは自分から聞かないんだもの」
「ヘルベルトも当たり障りのないことばかり言ってるなよ! って思うぞ」
「思う思う。もっとざくっといけ! って思うわ」
「ああ、それにマリ様ももっとヘルベルトを頼ればいいのにと思うぞ」
「だよねー。今回の食事だって、自分の口から言えよ、って思うもの。まあ、マリの性格からして無理だけど」

 でもでも、夕食時以外でも殿下に会う口実を作ったんだから、頑張ったよね? と聞くと、「おう」とラルスは力強く返事をして頭を撫でてくれた。
 ん? これは子供に対する態度ではないのか?
 そう思っていると、

「いやー、すまん。マリ様と同じ年だからなぁ」
「いやいや、十八じゃあ、向こうでだって結婚できる年だから!」

 一応、保護者の許可がいるけどね!
 ということで、あたしに対しては子供扱いはやめて欲しい。
 この年になって頭を撫でられるってのは、なんか落ち着かないわ。

「すまんすまん。それにしてもマリ様と同い年には見えんな」
「向こうでもマリとあたしは人種が違うからね。あたしはこっちの人に近いけど、マリたちの人種は総じて背が低くて、あたしたちより幼く見えるのよ」
「なるほどな。だからヘルベルトも戸惑っているのか……」
「さあねぇ。でも……やっぱり、女慣れしてない分、ヘタレじゃないかしら?」

 殿下に対して『ヘタレ』などと言っていいのか――と言うのはこの際置いといて。
 殿下ヘタレ説を滔々とうとうと説く。
 それに対してラルスは怒るどころか。

「あー言えてる言えてる。あいつの他にも王子ってのがつくやつはいるからなぁ。だけどこの時は異界から女性をめとるというののために、あいつだけは好き勝手できずに我慢させられてたんだよ」
「あー……、お気の毒に。十代半ばになれば、ふつーなら婚約者や側室なんて居そうなのにねぇ。そういうの、なかったのね」
「ないない。呼び出す相手に失礼だからって我慢させられてたし、あいつもそれが当たり前になっていたからな」
「そうこうしているうちに、女性にどう接していいかわからない『ヘタレ』が出来上がったのね」
「ま、そんなところだ」

 互いに気持ちを暴露していくと話がどんどんエスカレートしていった。
 そして――

「でもね、でもね……っ」
「言いたいことはわかる。いい加減、むず痒いから――」
「見ていてもどかしくて握りこぶし作っちゃうから――」

「「とっととくっつけ!!」」

 最後は二人の声が見事にはもった。

 

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