あたし、佐藤マリアは、友だちのマリ――佐東まりあと二人で異世界に飛ばされた。
いや違う。呼ばれたほうが正しいみたい。
ライトノベルなどで見る『異世界召喚』という言葉が浮かぶ。そりゃそうだ。あたしたちの周りには魔法陣らしきものが描かれていて、そして呼び出しただろう白い服を着た神官らしき人物。
そして――その主だろう、青地に金糸で刺繍された豪華な衣装に身を包んだ二十代前半と思しき男の人。
……ええと、勇者召喚とかじゃないね。
ってか、女の子に勇者求めたら、ソッコーでぶっ飛ばすから!
思わず握りこぶしを作るあたしを余所に、周りにいた人たちが喜んでる。
成功した、とかね。
どうして言葉が分かるんだろうね。まあ言葉が通じないより便利だけど、なんとなく、ツッコんでいい?
なんて思っていると、青い服の人が近づいてくる。
足音に気づいたのか、ずっとあたしに抱きついていたマリ――同じ名前だからマリと呼んでる。あたしのほうは下を取ってリア――が、更にきつく抱きつく。
マリはあたしより引っ込み思案だからなぁ。なんとなく保護者気分でマリを隠すようにして男の方を見る。
……と、おお、美形だわ。
定番な金髪碧眼――ではなかったけど、黒いウェーブのかかった髪に青い瞳、何より顔が整ってる。外人と聞けば金髪とか思い浮かべちゃうけど、黒髪に青い目ってなんか不思議な雰囲気だ。
なんて思っていると。
「マリア=サトーですか?」
ん? なんで名前知ってる?
まあ、一応そうなので「そうだけど」と答える。
すると、今度はあたしに抱きついているマリを見て、「しかし、どうして他の者まで……」とか言ってるのが聞こえる。
あのー、もしもし。この子も同じなんだけど。
「あの、この子も同じ名前なんだけど」
「どういうことですか? それは本当のことですか?」
「ええ、同姓同名ですから……と言っても、字は違いますけど?」
と答えると、またもやざわりと周りからどよめきが。
その音にマリは余計に隠れるようにあたしに抱きつく。
あの……さすがに苦しいから。マリさん、もうちょっと緩めてちょーだい。
「で、いったいどういうご用件でしょうか?」
マリを抱えつつ、目の前の男の人に尋ねる。
「これは失礼を――私はヘルベルト=リクセト=シェルヴェン。このたび、あなた方を呼び出した者です」
「はあ、丁寧にどうも。あたしたちはあなたの言う、マリア=サトーです。で、どういったご用件で?」
名前じゃなくて用件を聞いたはずなんだけど……と思って、再度問い直す。
「我が国では、四代に一度、異界から新たな血を求めてこうした召喚を行うのです」
「血……って生き血ですかい?」
もしかして吸血鬼とかの類じゃないでしょうね。もしかしてここにいる人たち、みんな怪物か?
うわー、それならあたしたち、十八という若さで寿命が尽きちゃうのねー。なんて思っていると、今まで青い服の人――ヘルベルトなんたらさんに隠れていたのか、もう一人、白い服じゃない人がいて、その人が笑い出す。
「おいっ、お前ら漫才でもしてるのかよ。あー、嬢ちゃん、そういう意味じゃないから。俺ら人の血なんて吸わん吸わん」
「……そう、なら」
「よーするに、コイツの嫁さんを呼び出したってこと」
「なるほど。」
異世界召喚でも、勇者じゃなく特別な『花嫁』ってところか。
……ってぇ、気軽に話してるこの人は置いといて、となるとこの男と結婚か!?
いや美形だけど! 話しぶりから、この国の王子とかそういった感じだろうけど!
……あたしの性格からして無理あるでしょ。
というかね、貴方はあたしたち二人を囲う気なわけ? んでもって、親友同士、王子だか王様だかの寵を争えとでも言う気? そんなこと言っちゃったら、マジで張り倒すけど?
……すみません、あたしはこんな性格でもちゃんと恋愛したいのよ。いきなり結婚しろなんて無理。
「しっかし、残念だったな。黒い髪じゃなくて」
「おいっ」
「あ……いや、お嬢ちゃんちが悪いわけじゃなくて……だね、えーと」
「黒い髪のほうがいいんですか?」
そういや最初に話しかけた人は黒髪だ。
ここはやっぱり黒い髪とか黒い眼とか……王道? 王道パターン?
よっしゃ! それなら!!
「この子! この子黒髪です! 目は黒じゃないけど!」
と、無情にもくっ付いているマリをべりっと引き剥がして二人に見せる。
「リア、ひどっ!」
「ひどくない。だって本当のことだし」
そうして引き剥がしたマリを彼らの目の前に差し出す。
友だちを売るなと言うなかれ、黒が求められてるならマリのほうが優先だろう。
「嬢……ちゃん、この子のどこが?」
「黒髪とは言いがたいが……」
そりゃそうだ。今のマリは髪の毛を染めてて茶髪になってる。
その辺を説明して、「染めてるだけです! ほら地毛のところは黒くなってきてるでしょう?」とマリの頭を掴んで二人に見せる。
下からは「うぐっ、リア、ひどい……」というマリの泣き声が聞こえる。
すまん、マリ。でも、そういう理由で呼び出されたのなら、やはりマリのほうがいいと思うのよ。
あたしはもともと日本人じゃない。母が再婚して日本人の男性――義父と結婚したから、今のあたしの名前は佐藤マリアになっているだけで、髪の毛はライトブラウン、目の色はヘーゼル。
マリも染めて茶色にしてる。周りもそうしているからというのもあるけど、あたしがなるべく周りから浮かないように……と思っているのを知っている。
……話がそれた。
なんにしろ、数ヶ月もすればマリの髪の毛が黒いのは分かってしまうし、それなら先に言っておいたほうがいいじゃない。
嘘ついたな! とか言われても困るし。あたし、別に野心なんてないから。
そんなこんなで、マリが本命ということに決まった。
ちょっと恨めしそうな目であたしを見るマリには気の毒だけど。
「ほら、ちゃんと挨拶しなよ」
「……」
「マリ?」
「うう……なんか、親友に売られた気分……」
すまんの。売られた気分じゃなくて、売ったのだよ、マリ……。
ごねてもダメだと分かったのか、マリは手で涙を拭うと彼らのほうを向く。そして。
「はじめまして、佐東まりあ、です」
そう言ってペコリと頭を下げた。
その様子に彼らは……おお、ヘルベルトさん(王子だか王様だか分からないから名前で)はマリを見て、ほんのり頬を赤く染めている。
もしかして好印象!?
ヘルベルトさん見どころあるわ。マリは恥ずかしがり屋で俯いているからなかなか分からないけど、顔はとてもかわいいのよ。髪は茶髪だけど、癖のないストレートの髪をしている。
なによりあたしはマリのこげ茶色の大きな目で見つめられてうるうるされると、ぐはぁっとくるくらい破壊力がある。
まあ大抵の人は知らないだろう。知っているのは親友の特権。
そして、それを間近で見たヘルベルトさんも同じダメージを受けたようで。
「とっ、とりあえず、ここでは何ですから、部屋へと案内しましょう!」
赤い顔でつっかえながら言っても見え見えだよ? ヘルベルトさん。
ヘルベルトさんの隣にいた人も同じことを思ったのか、二人の様子を見たあと、あたしのほうを見てニヤリと笑った。