私が生まれたのはアプライザル大陸中央にあるフィアネル王国だった。
この国は内地のため海がない。でも万年雪が残る高い山脈があるため、川が多く水に困ることがなかった。おかげで万年豊作続きの豊かな国だ。紛れもなく恵まれている国に入るだろう。
けれど、国を纏めるもの――王には恵まれていない、と私は思う。
前王ヒューム・ファベルジェは愚王の一言に尽きる。
隣国のお家騒動に手を出して甘い汁を吸おうとした王。
もちろん簡単に他国に攻め入るような戦好きも困るが、隙を見せる国も悪い。少なくともこの世界はそういう世界なのだ。
が、前王は金と人をつぎ込んだのに、結局何も得られなかった無能で愚か者だ。
今はその息子、エイラート・ファベルジェが王位についている。
でもそうなったのは無能な前王を弑逆し、王位を簒奪したから。
その時に自分に対する反逆をなくすために、見せしめとして臣の半数の命を奪った。故に一部では『残酷王』と呼ばれている。
今、国は落ち着いているけど、王になった経緯に問題があり、ほとんどは口を閉ざし表面上、支持したように見せているだけだ。影ではなんと言われているか……容易に想像できると思う。
けれど、その四年後の秋に、私はその王の何人もいる側室のうちの一人になるため、城に入ることになった。
これも貴族の娘として生まれた以上、仕方ないだろう。
今の国王は正妃は決めず、側室のみ。そのため名のある貴族は、王のご機嫌取りと自分たちの立場を確たるものにするために、こぞって娘を王に差し出している。
次から次へと送り込まれる令嬢に手をつけては飼い殺しの状態など、正直言って私は御免被りたいが、そうも言ってはいられない。
そももそ今後宮にいるのはいったい何人になるだろうか、行ったらまずは人数の確認から始まりそう。
まずするべきことを考えて、小さくため息をついた。
***
後宮には似つかわしくない女性が目の前に立つ。
ここのまとめ役であり、私たちの教育係でもあるモナーク・ムーアという女性。教育係という名に相応しくダークブラウンの髪をひっつめてまとめている。
服装も首から足首まで隠れるようなシンプルなドレス。出ているのは顔と手くらいだ。後宮の女なら、自分を綺麗に見せるためにこのような服は着ない。
「さて、あなたたちには、今日からここで陛下に使えていただきます。よろしいですね?」
モナーク・ムーアは重苦しい口調で語りだした。
それを聞くのは私を含めて四人。チェルニイ・デーナ、ポーラー・ハンクス、マチルダ・レッピア、そして私、シェル・パリュール。
「少しずつ説明していきますが、最低限の注意だけしておきます。まず一つ、陛下に忠誠を誓うこと。一つ、先に入った方を立てること、なによりチェティーネ様に――」
くどくどと説明しているのを聞いているとあくびが出そうになる。
他の三人は緊張しているのか直立不動で聞いているけど、教育係を相手に何をそんなに緊張しなければならないのかしら? こんなことで緊張していたらここでやっていけないでしょうに。
それでなくても今出ている話は、ここに来る前に聞かされた話ばかり。退屈で仕方ない、などと思っていると、モナーク・ムーアは聞いていないことに気づいたのか、こちらを見て。
「シェル・パリュール、話を聞いてますか?」
「はい。ミセス・ムーア」
彼女は言うことを聞かない小娘に対して睨みつけるといった感じね。
けれど、怯まずに笑みを浮かべて。
「ここには陛下にお仕えするために参りました。ミセス・ムーアが仰ったことはもちろん頭に入っております。それに、チェティーネ様のことも聞き及んでいました。一番のご寵姫と聞いております。そしてとても美しい方だとも」
彼女の話したことをなぞるように言いながら、ちゃんと聞いているのだとさりげなく主張する。
ついでに、このミセス・ムーアはチェティーネという女性を陛下の寵姫ということで、いろいろ贔屓していることも。だからここで彼女を持ち上げておくのは損ではない。
「ええ、その通りですとも。よく聞いていましたね」
「もちろんです。でも少し緊張してしましたので、声をかけられてほっとしましたわ」
……なんて嘘。私がこんなことで緊張するわけがないでしょうが。
心の中でペロっと舌を出しながら、その後の話も笑みを絶やさず聞いた。
そこに背後から男の声が聞こえた。
「説明は終わったのか?」
もちろん後宮に来ることのできる男なんて知れているわけで。
見れば、さらさらした淡い金髪を後ろに無造作に留めて、服も適当に着ているだけのくせに、妙に様になっていたりする、美形が立っていた。
というより、すでにこの年(確か王は今年で二十四歳のはず)で、威厳というものを兼ね備えている。ある意味すごいわ。
「まあ、陛下。もちろんで御座いますとも。こちらが今日付けで後宮に来た、チェルニイ・デーナ、ポーラー・ハンクス、マチルダ・レッピア、シェル・パリュールですわ」
途端に猫なで声になるミセス・ムーア。ほんっとうに分かりやすいわ。
まあ、『残酷王』などと呼ばれているのが相手だから、自分の命が惜しかったらこうなるのも仕方ないのかもしれないわね。
同じく更に緊張した状態で立ち尽くす三人に軽く視線を送る。
「なるほど。少し変わったのがいるな」
変わったの? 誰よ。なんて思っていると、王は私のほうへと一歩近づく。
ギク、秘かに観察していたのがバレたのかしら。向けられた視線は鋭く、じっと見つめられたら、私もさすがに緊張する。
それでも、それを表に出すのは癪だったので、平静を装って。
「お初にお目にかかります。シェル・パリュールと申します」
背筋を伸ばして名乗り、その後深くお辞儀をする。
その後、元に戻ると更に笑みを浮かべた。
「ほう……なかなか度胸はあるようだ」
自分がなんて呼ばれているのか分かっているのか、そして、その相手に怯まずにいる私を見て、王は少し感心したようだった。
けれどそれだけだった。そのあとは別の人を見て一人指名すると、その後はすぐに居なくなった。
なんだ、新しく入った夜の伽相手を選びに来たってわけね。
「まあまあまあ、なんと喜ばしいことでしょう。早速呼ばれるなんて」
と、ミセス・ムーアは呼ばれた女性――ポーラー・ハンクスを見る。童顔でどちらかというと可愛らしいという表現のほうが合う。
王と同じく金髪の髪を揺らしながら、喜びに……ではなく、怯えて震えていた。
そりゃそうよね、ここで少しずつ学んでからのほうがいいでしょうに、いきなり夜の相手だなんて。
少し同情の視線を向けつつそんなことを考えた。
***
そして約一ヶ月後に至る。
一緒に入った三人はすでに伽を命じられた。他にもすでに後宮にいる人たちも。本っ当に毎日、毎日……よく飽きもせずやるわ、と思う。
でも、その中に私が入っていないのが不満だった。
はっきりいって、自信はあったのよ。髪の色などは好みがあるから分からないけど、鮮やかな赤毛の髪は目を引くし、顔立ちだって悪くない。いえ、どちらかというと自信があるわ。
性格は……自分でも分かっているけど、難あり。でもそんなの隠せばいい。自分の性格を知っているから、隠しようはあるのだから。
だから今も、表面上は『目を引くけれど大人しい新入り』になっている。
でも知っている。影でなんて言われているのか。
『ねえ、今度の新入り……陛下のお気に召さないのが一人いるみたいね』
『知ってるわ。ああいうのは好みではないのね。良かったわ』
『まあ、聞こえるわよ。それに可哀想じゃないの』
『あら……チェティーネ様……』
などなど、さっき聞いただけでもこれだけ。はっきり言ってうるさいわ。
はあ、とため息をついていると、窓の外に見慣れない綺麗な小鳥が目に入った。
「いいわね、お前は。自由に空を舞えて……」
小柄ながらに大きな声で囀る小鳥に向かってボソリと呟く。
同時にある人物の言葉を思い出した。
『んな、面倒くせぇもんやめて、好きに生きればいいじゃねーか。お前さんならできるだろ?』
私の気持ちを知りつつも、それを一蹴するかのような気軽な口調と言葉を思い出す。
分かってはいるのよ。私を地に縛り付けている足枷は自ら科したもの。
また意味のないことだとも分かっている。
それでも。
「それでもこの足枷を自分で断ち切らない限り、自分の足では歩けないの。これだけは器用に行かないわ……」