20 振り向いたその先

 あたしは半分荒野と化しているサイラーグの街に訪れた。
 ここはあたしが知る限りでも三回は滅んでいる。いや、冥王の時は見せかけの街だったし、魔王の時も街が滅んだとは言いがたいか。
 けれど、三回もそういうことがあると、この街には何か因縁めいたものを感じた。
 いや違う。彼を倒したことで、あたしの中では忘れえぬ街になっている。
 だからこそ、今日ここへ来たのだ。

「あたし、ガウリイと結婚することになったわ」

 何もない、ただ瓦礫が土に埋もれている場所で、一人で話しはじめた。
 聞き役など誰もいない。けれど構わなかった。

「羨ましい? あんたってば結局ミリーナとキスもできなかったんでしょう? あたしなんかガウリイと結婚するのよ。あんたにとって見ればすっごく羨ましいでしょうね」

 言いたいことを言い切ると、一息ついた。
 けれど誰もいない空間に話しかけるのは、虚しさが増すだけ。

「でも……全部あんたのおかげなのよ。ルーク――」

 ポツリと宙を見ながら呟くと、目を伏せて一年前の出来事を脳裏に浮かべた。

 

 ***

 

「よっ、チビ」
「……っさいわね。ルーク」

 あたしはガウリイに盗賊いじめを何度となく止められて、ムカムカしている時だった。
 さらに不幸なことに、滞在していた町の周辺では盗賊がいるという噂はなく、珍しく一人で宿にある酒場へと繰り出したのだった。
 すでに注文したワインを半分くらい空けて、顔に熱を感じていた。そろそろ飲むペースをゆっくりにするか、それか持ち帰るかと考えているときに後ろから声をかけたのは、最近何かと行動が一緒になるルークだった。

「お前まだ未成年だろ。あーあ、こんなに飲んじまって……」
「うっさいわね。あたしの国では子どもでもワインを飲んでるわよ」
「へぇ。でもあんまり強くないみたいだけどな」
「……別につぶれるほど飲んでないわよ。何かあった時も対応できるわ」

 あっちへ行け――顔にそう出しながら文句を言っても、ルークは全然気にする様子もなくあたしの隣に座った。
 そういえば、こいつとはからかいからかわれる関係だったわ、と思い出す。酔って少し頭の回転が鈍い分、ルークにからかわれそうだと予感した。

「ガウリイはどうした?」
「さあ? 盗賊いじめじゃないって分かっているみたいだから、あたしが出て行くのに文句言わなかったけど」
「ま、この辺には盗賊はいないらしいからな。『盗賊殺しロバーズ・キラー』も、肝心の盗賊がいなければ意味ないか」
「ふんっ」

 からかう口調のルークにムカッとして、あたしはグラスに残っていたワインを飲み干した。そして残りのワインをまたグラスに継ぎ足す。
 ルークはガウリイと同じように酒豪らしくて、度の強いウィスキーをのままでぐいっと呷っていた。おいしそうに見える表情に、よくあんなの飲むわね、と心の中で呟く。
 あたしは酒にあまり強くないため、ワインや甘いカクテルなら飲むけど、ウィスキーやウォッカのような強い酒はアルコール臭のほうが強く感じておいしく飲めないのだ。

「あんたこそ、ミリーナはどうしたのよ?」
「ミリーナは寝てる」
「ふうん。ということはルークは寂しくて飲みに来たのね~」
「……」
「一人で寝るのは寂しいわね~」
「……」
「ってか、ルークの一方通行だもんねえ。仕方ないわね~」
「……悪いかよ」

 あたしは何回かルークをからかうことを言っていたが、最後にルークを見ると真剣な表情のルークがいて、あたしはそれ以上言えなかった。
 ルークの視線から逃れて、カウンタに置いたワイングラスを見つめる。しばらくしてから、やっと口を開いた。

「……悪くないわよ。……ってか、あたしのほうが悪かったわ」
「まあ、俺としてもミリーナに一方通行だってのは否定できないけどな。そういうお前はどうなんだよ」
「あたし?」
「ガウリイのやつとはどうなんだよ?」
「はあ!?」

 いきなり話がガウリイのことになり、あたしは一瞬きょとんとした。
 それから……

「あいつとあたしは、ただ単に旅の相棒、パートナー。ま、あいつは保護者だって言ってるけどね。あたしにしてみれば、お金の管理はあたしがやっているし、依頼主とのやり取りだってあたしがやっているし……うーん、あまり保護者って感じじゃないわね」

 あたしはガウリイとの関係を一気に語ると、今度はルークがきょとんとしてから深いため息をついた。
 このため息はあたしへの同情と取っていいのかしら? ガウリイが剣の腕はともかく、脳みそヨーグルトで全然使えないってことに対しての。

「やっぱり若いよなぁ」
「は?」
「いや、やっぱりお前は『チビ』だよ。いくら頭が良くても、な。そうでないって言うなら、もう少し周りを見ろよな」
「ルークぅ、ケンカ売ってるのぉ?」

 あたしに同情するならともかく、あたしに対してまたもやチビですって!?
 あたしは素早く呪文を唱えはじめる。手をかざし、光る球を見て、ルークが慌てて「落ち着け!」とあたしの口を塞いだ。

「むぐぅ!」
「お前なぁ、本当に目先のことしか考えてないんだな。いいか、そのまま目線だけそっと左へと逸らして見ろよ」
「……?」

 促されるまま、あたしは視線だけ左側へと移動させると、そこには入口のほうにそっと静かに立っているガウリイの姿があった。

「はふひぃ?」
「お前が出ていったのが心配で、俺に頼んできたんだよ」

 どうしてそんな面倒くさいことを? ――あたしの目はそう語っていたんだろうか、ルークは小さく息をつくと、あたしに事情を語ってくれた。
 さんざん盗賊いじめを邪魔されて苛々しているのが分かるし、酒場にまで出てくれば、更にあたしを怒らせるだけだろうと。
 けど、あたしが酒に強くないことを知っているガウリイは、あたしが酒場で酔いつぶれても困るし、また揉め事にでも巻き込まれても大変だということで、まだ起きていたルークの部屋を訪ねて頼んだというのだ。

「うそ……」
「嘘じゃねぇよ。あいつが保護者っていうのは本当だな。ってか、やたら過保護だが」
「……」
「護るべき対象は何があっても護る――それがあいつの思いだろうな。たとえ、対象が鬱陶しく思っても」
「そんな……どうして?」
「そんなの簡単だろ。お前に惚れているからだろうが」

 ルークのいたって簡単な返事に、あたしは酒のせいだけでない頬の火照りを感じた。
 ずっと子どもだ子どもだと言っていたガウリイが、あたしに惚れてる!?
 あたしの疑問を、更に肯定するかのように、ルークは離れてからそっと呟くように言った。

「心配なんだよ、アイツは」

 ガウリイが? 確かに盗賊いじめはいつも文句を言ってやめさせようとしているけど……ガウリイがどういった気持ちであたしを止めようとしているのか、あたしは考えたことがなかった。
 ただうっとうしいと思うだけで――

「お前だって年頃なんだから。少なくとも、俺より長く一緒にいるあいつは、お前が少女から女に変わっていく様子を見ているだろうし。だから余計に心配なんだろ。盗賊いじめに行って反対に捕まったとしたら? ってな」

 ガウリイがそこまで考えているなんて思わなかった。
 盗賊いじめは日常茶飯事だったし、あたしにしてみればいまさらといえる。けど、危険なことに変わりはない。だいたい、盗賊いじめのおかげでガウリイに会ったといっても、おかしくないのだから。
 あたしが過去のことを思い出している間も、ルークは説得するように話している。

「事件が起きた後、側にいられなかったことを悔やむより、お前に疎まれても止めるほうがいいんだろう。ああ、それに、酒場で飲んでいて、男に絡まれたら? ってのも心配なんだろうな」
「……馬鹿、じゃ、ないの」

 ルークの話に悪態をつこうとするものの声が震えてしまう。
 そんなあたしの態度に、ルークは少しばかり苦笑して。

「それは今さらだろう。お前だって何回も言っているくらい頭の回転は低いしな。でも……」
「でも?」
「馬鹿だと思われてもいい。でもそうしなければ、お前が選ぶことができないだろう?」
「選ぶ……?」

 何を選ぶと言うのだろう? ルークの言葉を酔いの回った頭でどうにか考える。
 今ガウリイは隣にいて、一緒に旅をしている。でも、魔力剣を探すという条件の旅だったけど、それも剣が見つかって理由はなくなった。
 でも、ガウリイは一緒に旅をするのに理由は要らないって言った。それって、別れるのにだって理由は要らないんだ。
 そして、今はガウリイと一緒にいるけれど、このままの関係だったら、いつか必ず選ばなければならない時が来るだろう。
 ガウリイが男で、あたしが女である限り――

「分かったか?」

 あたしはルークの問いに、こくんと頷いた。
 そうか、ガウリイは未来まで見ていたんだ。二つの未来を。
 このまま一緒にいて、いつか男と女の関係になる未来と。
 互いに道を見つけて、別々に生きていく未来と。
 そして、ガウリイはあたしに選択権を与えようとしたのだ。どちらの未来を選んでも、あたしが傷つかないように。

「そんなのぜんぜん気づかなかったわ……」
「だからオコサマなんだよ」
「悪かったわね。…………でも……悔しいけど、それは認めるわ」

 

 ***

 

「あんたのおかげなのよ。あの時から、あたしはガウリイを見始めたんだから……」

 ルークの言葉がなかったら、ガウリイの想いを知らないまま、ガウリイを傷つけていたかもしれない。
 あたしの性格を考えると、怒って怒鳴って勢いでガウリイに別れを告げている可能性だってなくなかった。
 だけどそれをしないで済んだのは、あの時ルークがガウリイの想いを教えてくれたからだ。

「あんたにも、あたしの晴れ姿を見てほしかったわ」

 風があたしの横をすり抜けて、荒野を駆け抜けていく。
 いつかここにも緑で覆われる日が来るのだろうか――ぼんやりそんなことを思いながら、あたしは自分が思っていたことを呟いた。

「思いっきり着飾って、あんたに羨ましいだろうって言ってやりたかった……」

 でも、彼はもういない。魔王と化した彼は、あたしの手によって母なる海に還った。今はミリーナと一緒にいるんだろうか?
 あたしはため息を一つついて、持ってきた花を宙に躍らせた。墓という墓がないから、あたしはこの花を散らせることにしたのだ。サイラーグ自体が、ルークの墓標となるように。
 ひらひらと舞い散る花をしばらく見つめた後、あたしはやっと別れの言葉を口にした。

「――さよなら、……ルーク」

 あたしは言いたいことを言ったと思い、荒野から背を向けた。マントが風によってひるがえる。
 そして一歩を踏み出した時、何か聞こえた気がして、後ろを振り返った。
 同時に、先ほど巻いた花が風により地面から浮いて、あたしに向かって飛んでくる。魔族の襲撃かと一瞬思ったが、あたしを包む風にどこか優しさを感じ、警戒心を緩めた。

 ――良かったな――!

 すると耳に、ルークの声が聞こえた気がした。

「ルーク? ルークなの!?」

 信じられない、とばかりに、宙に向かってあたしは叫んだ。
 けれど、もう声は聞こえなくて、風も勢いがなくなり、花があたしの周囲に落ち始めた。
 落ちていく花を見て、これはルークからの祝いなんだろうかと考える。柄にもなく、目が熱くなり涙で視界が滲んだ。

「馬鹿ね。人が贈った花でお祝いしてるんじゃないわよ。……でも……ありがとう――」

 あたしは恥ずかしさを隠すように文句を言った後、手で涙を拭った。涙を流すのはこの場限りだ。
 そしていつものような強気の表情に切り替えて、もう一度宙を見つめた。

「あ、そうそう、あんたもあたしたちがそっちに行く頃には、ミリーナをちゃんと落としておきなさいよ。そしたら、おめでとうの一言も言ってあげるわ」

 いったん言葉を切り、もう一度荒野を見渡して。

「あんたも……頑張んなさいよ、ルーク?」

 明るくルークに告げると、あたしはサイラーグを後にした。

 

 

リナとルークがやりあうのは、第2部で楽しみなシーンの一つでした。
とはいえ原作のようにテンポ良くはできないので、こんな会話もあった、みたいな感じで書いて見ました。
でも、ガウリイがちょっとストーカー気味…汗
ちなみにこの話は17の「噛み付くようなキス」と繋がっています。

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