なんとなく寝付かれなくて、まだ騒がしい一階の酒場に顔を出した。
一人で飲むのは久しぶりで、なんとなく緊張してしまう。いつもなら、隣にルークがいたから。
酒場はすでに酔いつぶれている人などがいて、思ったより静かだった。
カウンターに座って、カクテルを注文する。マスターは返事をすると、シェイカーにリキュールや果汁などを入れてリズミカルに振りはじめた。私はそんな姿を見つめていた。
――今日も大丈夫だった。
そう思うと安堵して、差し出されたカクテルに口をつけた。
いつも心にある不安。それは、いつかルークが愛想をつかして別れの言葉を言わないかということ。
自分でも嫌というほど分かってはいるけど、私は感情を表すのが苦手だった。そのため、いつかルークが離れていってしまうのではないかと、不安に思う時がある。
好きだと言ってくれる彼に対して、私は返したことがない。こんな一方的な思いでいいのだろうかと不安になるけど、どうしても自分の気持ちを言葉にすることが出来なかった。
「ここ、いいか?」
カクテルをじっと見つめて考えていると、不意に声をかけれてとまどう。
見れば、最近何かと行動が一緒になるガウリイさんだった。
「ガウリイさん……」
「一人で飲みたいなら他にいくけど、でも一人じゃ危ないから」
気を遣ってくれるガウリイさんに、私は改めていい人だと思い、また少し話をしたかったので、隣の席を勧めた。
彼は静かに座るとウォッカを頼んだ。
いつもリナさんといる時と違って、物静かな雰囲気が漂う。それが居心地よくて、先ほどの不安が霧散していくのが分かった。
「リナさんは一緒じゃないんですか?」
「ん、ああ。あいつは昼間暴れたから気持ちよく寝てるだろ。それよりミリーナこそ一人でいいのか?」
「たまには……一人になりたい時もあります」
「それって、ルークが邪魔ってことか?」
いきなり聞かれて、私は鼓動が早くなった。
でも違う。ルークが邪魔ではなくて、ルークにとって私が必要ないんじゃないかというのを私は心配しているのだ。
「……違い、ます。でも、ルークと離れたほうがいいんじゃないかって思うことはありますけど」
「どうして?」
「どうしてって……それは私が聞きたいです。どうして私みたいな女を、彼は好きだと言ってくれるんでしょう?」
カクテルの中の明るい赤色をしたサクランボを見つめながら、出会った頃のルークを思い出した。まだ髪が赤く、もっとギラギラした雰囲気だった彼。
いつの間にかそういったところは消え、私に対しておどけたように接してしてくる。好きだという台詞も、なるべく重みを持たせないよう気を遣って――
それなのに、私は好きと返したことがない。優しくしたこともほとんどない。
「分からないんです。なんで私みたいな女を好きだと言ってくれるのか。私が嫌だというと、彼は直そうとします。そこまで私に合わせてくれて……」
「それだけ好きってことだろう」
「でも……」
「そういう時って、考えが堂々巡りになるんだよな。でもって、悪いほうへ悪いほうへと考えてしまう」
「……」
「少し肩の力を抜いてみたらどうだ?」
ガウリイさんはカウンタに肘をつきながら、優しい笑みを浮かべて私を見た。
「ミリーナは物分りが良すぎると思うぞ。もっとわがままを言ってもいいと思う」
「わがまま……ですか」
「ああ。もっともリナほど言うと困るけどな。あれはわがままを通り越して、駄々を捏ねる――だから。もう、いい年をした娘なのに……」
「そうですね。でも……羨ましいと思います。あれだけ自分の感情を出せたら――」
「はは。ストレスなんてなさそうだな」
ともすればリナさんの悪口なのに、そう聞こえないのは、ガウリイさんの瞳が優しいからかもしれない。
ここにいないはずのリナさんのことを考えているのかしら?
私は恐る恐るガウリイさんに尋ねた。
「ガウリイさんは……リナさんの相手をするのが嫌になることがあります……か?」
「ん? ああ、たまにな。『いい加減にしろ!』って怒鳴りたくなる。でもあれでも情は強いほうだし、基本的なところは分かっていると思うんだよな」
「そう、ですか」
「ああ、だから少しするとそんな気持ちは収まっちまう。……あーあれか、ミリーナもルークがうるさくて嫌になるとか」
嫌? いいえ、違うわ。でも彼の激しい感情にとまどいを隠せないだけ。
どう答えていいのか分からないだけで――私は静かに首を横に振った。
「いいえ。その反対なんです。私のような冷たい女に、どうして彼はあんなに好意を向けてくれるんでしょうか? それが分からなくて不安になるんです」
「だから好きだから、だろ?」
「……」
「それに、ミリーナは別に冷たい女じゃない。ただ感情を表に出すのが苦手なだけだろう?」
「……そうでしょうか?」
「自分の利のために平気で人を殺せたり、陥れたりする――そういうのを躊躇いもなく出来る女を、冷たい女と言うんだ。ミリーナは違うよ」
ガウリイさんの優しい言葉を笑みで、私の心の中の蟠りが溶けていく。
ずっと昔から私は冷たい女だと自分で思っていた。だからルークにもいつかそう思われて離れていくんじゃないかと不安だった。
けど……
「私は……冷たい女じゃないんでしょうか?」
「ああ、ミリーナはただ自分の気持ちを素直に出せないだけだろ? ルークとだっていいコンビじゃないか。アイツがうるさすぎるから、ミリーナが静かにしてるとバランスがいいし」
「そうでしょうか……」
「そう思う。これでミリーナがリナみたいだったら、さぞかしうるさいコンビになるだろうな」
ガウリイさんが苦笑するのを見て、私もルークとリナさんの会話を思い出し、くすっと笑ってしまった。
「あ、やっと笑ったな」
「あ、そう言われれば――」
悩んでいたから、今日は一度も笑わなかったのに。
「ミリーナはさ、もうちょっと感情を出したほうがいいと思うぞ。ルークとは相棒なんだから、溜め込んで悩むよりあいつに向かって吐き出してしまえ」
「でも……」
「あいつは何言われてもへこたれないよ。それよりも、ミリーナに自分の気持ちを出してもらったら嬉しいと思うぞ」
「そう、ですね」
嬉しいというのは置いといて、へこたれないという点では頷いてしまった。
ガウリイさんはぼーっとしているようで、人のことをよく見てるのね。
私は残りのカクテルを一息に飲み干すと、カウンターにコトンと置いた。
「愚痴を聞いていただいてありがとうございました。おかげですっきりしました」
「ミリーナの愚痴なんてかわいいもんだよ。それより、今度はミリーナが駄々捏ねて反対にルークを困らせてやれよ。いつも『好きだー』って言われて迷惑してるんだし」
「くすっ、そうですね。今度そうしてみます」
ずっと抱えていた心のもやもやが晴れて、私は笑みを浮かべながら席を立った。
ガウリイさんのウォッカの代金も含めてマスターに支払う。ガウリイさんが断ったけど、愚痴を聞いてもらった礼だと言い張り、無理やり支払った。
「駄々を捏ねたほうがいいと言ったのはガウリイさんですよ」
そう返すと、ガウリイさんは「はは、そうだったな」と、また優しい笑みを浮かべてくれた。
実は、最初はミリーナとリナの会話でした。
リナがたまには我が侭を言ったほうがいい、と言いながら、ガウリイか、ルークへに対する文句へと直行便の予定だったんですが、リナとミリーナの会話は本編のほうにあるので、急遽リナをガウリイにして書き直し。
なんか、ガウリイもリナとの会話じゃないと、なんか普通っぽい気が…。ガウリイが喋っているような感じじゃないです(笑)