「一体どうしたんだ?」
ざわざわと騒がしい酒場の一角で、俺は今一緒にいる男――ガウリイに尋ねた。
いつものヤツにしては珍しいほど思いつめた表情で、ウィスキーを生で呷ると、コトリとテーブルに置いた。
「黙っていては分からんだろうが」
「……」
黙ったまま語らないガウリイに、俺はため息をついた。
原因は分かっているのだが、それでも話の出だしというものがある。とはいえ、こちらが話しかけても一向に返事をしない。ヤツを置いて、さっさと消えようかと思い直した。
「別に、今に始まったことじゃない」
「……」
「ただ時々嫌になるだけだ」
「……リナのことか?」
「ああ」
思いつめた表情でヤツはぼそりと零した。
その後は、飲む気になったのか、マスターにウィスキーのロックを注文する。そして、ため息をついた。
「なんて言うか……あいつの思考がオコサマなのにたまにうんざりする」
「言う気はないのか?」
言うというのは、好きだと告白することだ。
俺が見てもヤツはあのチビで生意気なガキに惚れこんでるのが分かる。分からないのは、当の本人のみだ。
それにしてもこの男、顔はいい。 優しく笑みを浮かべれば、十人中九人くらいは落ちる確率はあるだろう。それに強い。剣の腕は一流で、魔族さえも屠ることのできる魔力剣を振るい、敵を片端から片付けていく。
夢見がちな女なら、そんな姿を見ればイチコロだろう。望めばどんな美姫でも手に入りそうなのに。
それなのに、何故あんなチビすけを……とヤツの気持ちを知った後でも思う。
「言っても、きっと盛大に恥ずかしくなって呪文ぶっ放して逃げ出すか、それか、特別な意味も分からずに、「どうしたの、急に? あたしもガウリイのこと好きよ」とか返ってきそうでな」
吐き出すと、新しく注文したウィスキーを呷る。
その情景が、俺にでさえ容易に想像できて、俺も一つため息をついた。
「いっそ他の女にしたらどうだ?」
「……」
「よりにもよって、あんな面倒なの、好き好むなんてな」
「わかっているさ。自分でも。でも惹かれるのは理屈じゃない。お前だってそうだろう?」
「まあな」
反対に問われ、俺もまたため息をついた。
確かに理屈じゃない。俺にとって唯一無二な存在はミリーナだけだ。
何度好きだと叫んでも、ミリーナが返してくれたことは今まで一度もない。だけど、側にいることを許してくれている、その状況だけでも嬉しいのだ。
それ以上の高望みなどできるわけがないし、また、すげなくされてもそれで他の女に目が行くこともない。
今日も何度も告白したが、ミリーナの態度はそっけなかった。それで自分の気持ちが変わるわけじゃない。自分でもコントロール不能な感情だ。
そして、コイツも同じ感情をあのチビすけに持っているというわけだ。
「オレだってあいつと会う前はいろんな女と付き合ったさ。それなりに好きだと思った女だっている」
「だろうな」
「ただ……今までの女は、別れの時が来ても、その場は惜しんでも、すぐに忘れることができた。だけど、あいつにだけは……」
「……」
「あいつにだけは、間違っても別れの言葉なんか聞きたくない」
ヤツが、グラスを握り締めたのが分かった。
言われた言葉を自分に置き換えると、ことごとく俺自身に当てはまる。ただ、コイツと俺が決定的に違うのは、感情の表し方だ。
「だけどな。ちゃんと『好き』だと表現しないと、いつか横から掻っ攫っていくやつがいるかもしれないぞ。しかも『保護者』なんて言っていたら、相手としてカウントもしてくれないぞ」
こいつはもっと自分の感情を口にした方がいい。
それでなくても、相手は恋愛経験があるのか? と、問いたくなるような『オコサマ』なのだから。
「俺は好きなものは好きだという。分かるか? 人間てのは『言葉』があるんだ。ちゃんと意思を相手に通じさせる手段がな。それを使わなくてどうするんだよ?」
「分かってるさ」
「いーや、分かってねぇ。それに、苦労してねえお前の愚痴なんて、愚痴以下だ」
「……っ!」
そうさ、コイツは意思を伝えるという点では苦労なんかしていない。ただ、側にいて護って、いつか気づいてもらおうと思っているだけだ。
でもそれでは、リナのようなそういう感情に鈍い女は気づかない。
「でも、オレだってそれなりに意思表示はしてるんだぜ?」
「そんなの保護者と間違えられるようなことばかりじゃないのか?」
「そ、それは……」
「優しく護るだけじゃ、ああいうのは気づかないんだ。反対にそれが仇になって、鬱陶しいと思うようになるかもしれない」
「……」
「そしたら、きっとあいつのことだ。お前を振り切って飛び立っちまうかも知れないんだぞ」
俺の言葉に、ヤツから殺気が溢れた。ここにいるやつらはわけも分からず、その冷たい気を感じてざわめく。
馬鹿が。こんな鋭くて殺気のようなのものをいきなり向けられたら、いくら規格外のアイツでもびっくりするだろうに。
「分かったからその怒気を抑えろ」
「オレは……」
どうやら無意識だったらしく、一言言うと我に返った。気が霧散すると、酒場は何事もなかったようにまた盛り上がりを見せる。
俺は気を取り直すために、マスターにウォッカを注文した。
ヤツは自分の感情に驚いているようだ。今は苦虫を噛み潰したような表情で残りのウィスキーを呷った。
確かに先ほど、ヤツに苦労してないと言った。だけど、それ以上に男と女でもない関係で、ただその存在を護ろうとしている。
ほんっと馬鹿だよな。さっさと言ってしまったほうがすっきりするだろうに。アイツなら、白か黒か、はっきりとした答えをくれだろう。
とはいえ、黒だと言われた時を考えるから先に進めないんだよな。コイツは。微妙なところで優柔不断だ。モテていたから断られることに慣れてないんだろうか? ちったあ、俺を見習えってんだ。
「お前があいつを大事にしているのも分かる。だけどな、いつか言わなきゃならない日ってのが来る。それだけは頭の中に入れとけ」
「……」
「あいつはお前の想いを受け止められないほど、小さいヤツじゃないだろう?」
「当たり前だ」
「なら、答えは出てるじゃねぇか」
「……」
面白いものだ。これだけ強い男を、愛しいという気持ちはここまで弱くさせるんだから。
そう思うと、やっと楽しくなって、残りの酒に口をつけた。
ヤツにすると、結局元に戻ってしまい、また神妙な顔つきになっている。本当に面白ぇ。
俺はグラスを置くと、カタンと音を立てて立ち上がった。
「せいぜい他の男に取られないように気をつけるんだな」
「他人事のように」
「他人事だ。俺はミリーナで手一杯だからな。お前らの恋愛関係なんか知るかよ」
「だったらなんで聞いたんだよ?」
「からかうため」
「……」
「じゃあな。俺はもう寝るぜ。お前も飲みすぎるなよ」
やつにしては珍しく頬が朱に染まる。その顔に俺は満足して、笑いながら酒場を後にした。
ガウリイとルークの語りは好きです。
でもって、ちょっとガウリイをからかうルークが。
それにしても、ガウリイとルークはどっちが年上なんでしょうか?個人的に、ガウリイのほうがちょっと上、と思うんだけど…。
もう一つのばーじょんは こちら 。