不死の契約。
それは魔族などと行われ、不死の契約を交わした者はその魔族が生きている限り、不老不死の肉体を得ることできる。
以前アトラス・シティで不死の契約を交わしたものを見たが、文字通り何をしても死ぬことがなかった。
『契約の石』を壊すまで――
その不死の契約をゼロスと交わしてしまえば、ガウリイの命はゼロスのものと言っても過言ではなかった。
そしてそれはゼロスが生きている限り続き、ガウリイがリナの側にいたいと望む限り、リナを縛る足枷になる。
リナ自身も側にいてくれるといったガウリイの言葉は嬉しかったが、ガウリイを自分と同じ化け物にしたいわけではなかった。
いずれそうなるかもしれない。けれどその前に寿命がきて死ぬほうが先かもしれない。
そんなわずかな希望を、まだ捨て去ってはいなかったのだ。
(そんなのダメっ! 不死の契約なんてしたら、ガウリイは完全に人とは言えなくなってしまう!)
「冗談じゃないわっ! 誰がガウリイに不死の契約なんか……っ!!」
「なら、リナさんはガウリイさんが老いて死んでいくのを見守るというんですか?」
「そうよ。死は生きている以上必ず訪れるものだわ。でもそれは決して悪いことじゃないと思ってる。その人の魂が次の段階へ行くためのものだわ」
「ではリナさんは一人で彷徨うことになっても構わない――と?」
「……最初から……覚悟してることだわ」
自分の力に気づいた時に、それはもう覚悟を決めた。だからそれを歪ませるのは許せない。
リナはゼロスをガウリイのところからどかすべく、力を行使しようとする。
身の内に宿る莫大な力を、必要な分だけ取り出しこの物質世界へと変換させる。頭でそうイメージを描き、一か八かの勝負に出ようとした瞬間。
「ぐっ……」
「リナっ!」
「リナさん!?」
黒い錐で背後から左肩を貫かれ、手に集中した力が霧散してしまう。
右手で肩に触れると、どろりとした赤い液体が手袋を濡らした。
シルフィールとアメリアが慌てて『復活』をかけようとしたが、リナがそれを手で制した。
「痛いけど……でも大丈夫。傷はすぐに塞がるわ。それよりもガウリイを――!」
リナはゼロスをきっと睨みつけた。
ゼロスはそれに対して余裕の笑みで応じる。
「無駄ですよ、リナさん。リナさんにはまだ力を小さく絞って使うのは無理です。ほら、こんな風に――」
ゼロスはリナをからかうような口調で言うと、今度はリナの右足大腿を縫い糸のように細くなった力が貫く。
その痛みにがくりと膝が折れた。
「リ、ナ……ァ!」
痛みの中にガウリイの声が聞こえて、ここでゼロスに負けている場合じゃないと改めて気合を入れなおす。
(どうしよう、どうしよう。どうすればゼロスに勝てる?)
痛みの中、リナはゼロスに会った頃を思い出した。
あの時ゼロスから教えてもらった魔法の法則。
そして魔族というものがどういう風に存在しているのか――
(目の前にいるゼロスはゼロスの力の一部が具現化しているだけ。あれに力をぶつけても意味がないんだわ。精神世界にいる本体を叩かなければ……)
人間として生きてきたリナには精神世界なんてものは見たことがない。
けれど魔族・神族の力を吸収している自分にはできるはずだと言い聞かした。
(やったことがないからできないんじゃない!! 自分の力を考えれば、できるはずなのよ――!)
リナは膝をついたままだったが、目を瞑り精神世界をイメージする。更に目の前のゼロスの力を感じ、それを精神世界の奥まで辿る。
そして感じる。巨大な力の塊を。
(――見つけた!)
「おやおや、リナさんは観念したようですね。では僕はガウリイさんと不死の契約でも交わしましょうか」
「リナ! おいしっかりしろ!!」
「リナさんっ!!」
目を瞑り大人しくなってしまったリナに、ゼロスは自分の本体を見つけられたことに気づかない。
ゼルガディスたちも、リナは諦めてしまったのかと声をかけた。
「ではガウリイさん、いきますよ」
「そんなことさせるもんですかあああっ!!」
ゼロスがガウリイに声をかけたのと、リナの叫びが重なった。
そして、目に見えないところで力がぶつかり合い――
「ぐ、ぎゃああああぁぁっ! な……なぜ……っ!!」
突然苦しみだすゼロスの姿。いつもと似つかわない大声で叫ぶ。
ゼルガディスたちは何が起こったのかわからなかったが、リナが精神世界にあるゼロスの本体に力をぶつけたのだ。
警戒していなかったぜロスの本体はそれをもろに受ける形になり、本体の半分がリナの一撃で消滅した。
「あんたが……あたしを甘く見ていたせいよっ!!」
「馬鹿、な……人が……精神、世界……に……っ……」
「あたしが人じゃないと言ったのはあんただわ。あたしは神の力も魔の力も持っている。なら精神世界に干渉できてもおかしくはないでしょう?」
「さす、がは……リナ……さん……。これ、は……迂闊、でし……た」
「ガウリイを傷つけたこと……許さない!」
リナはもう一度精神世界にある本体に力をぶつける。ゼロスのダメージは大きく、それを防ぐ術はなかった。
赤いまばゆい光に包まれて、精神世界の本体が消え去っていく。それと同時に物質世界に具現化したゼロスの姿も崩れ薄くなっていった。
「リナ、さんが……ここ……で、できる……とは……」
「魔族は人間と違って精神体。そして魔法は精神世界で作用して、その残りが物質世界で視覚的に映る。だからさっきあたしを攻撃したのも突然背後から現れた。精神世界からの攻撃なら方向は関係ないし、人に見えないのは当然だわ」
人は目に見えるものだけを信じてしまう。
けれど、魔族や神族が使う力は目に見えるものだけではない。
「よく……覚えてましたね」
「魔法とは何なのか――それを教えたのはあんただわ。そしてあんたの言った通りなら、精神世界を通せば、ガウリイが側にいてもあんたを攻撃できるのよ」
「そう、でした……ね。こんな……極限、で……思……出す、とは……さすが、です……」
「油断したあんたの負けよ」
「素直に……認め、ます、よ……。僕、の……完、敗……で……す……」
ゼロスは最後にいつもの笑みを浮かべて、空中に溶けていった。
精神世界、物質世界においてゼロスの気配が消える。獣神官ゼロスの滅びたときだった。
「ガウリイッ!」
ゼロスが消えると慌ててガウリイのもとへと走りよる。
失血が酷く、ガウリイの意識はなくなっていた。このままでは死んでしまう。
リナは慌ててシルフィールとアメリアを見る。
「ガウリイッ! しっかりして!! シルフィール、アメリア、早く『復活』を!!」
振り返って叫ぶが、シルフィールは静かに首を振った。アメリアもそれに対して同じなのか黙ってしまう。
「シルフィール? アメリア?」
「リナさん、『復活』で傷を癒すことはできますが、ガウリイ様のように失ってしまった手足まで元に戻りませんわ」
「手も足もここにあるわ!」
「駄目よ、リナ。ガウリイさんのように完全に離れてしまった場合、傷口を塞ぐことはできるけど、元のように繋げることはできないの」
「そんな……でも確かできるって聞いたわ!」
「残念ながら……わたくしの力では無理です」
「わたしも……」
『復活』は怪我を負った者の体力を失わずに傷を癒せるものであり、ガウリイのように完全に手足を切断してしまった場合は、傷口を癒すことができても繋ぐことはできない。
白魔法の権威である魔道士数人で行えばできるかもしれないが、今現在そのような魔道士を集めている時間などなかった。
「そんな……」
利き腕と片足を失うということは今まで生活はできなくなる。ましてや剣士であるガウリイには、死にも等しいもの。
リナはシルフィールの言葉を聞いて、今度こそ絶望の淵に立った気がした。
精神世界云々は原作5巻からで、確かこんな説明だったはず…独自な解釈が入ってる可能性が高いです。
ゼロスさんはダメージくらいにしようかと思ったのですが、その後もあるので、思い切って滅びてもらいました。