四人の中に重い沈黙が流れた後、それを消すかのようにシルフィールが口を開いた。
「リナさん、まだ隠していることがあったんですね……」
「え? どういうことですか?」
リナを説得できたのだから、シルフィールはすべて知っていると思っていた。だからアメリアは不思議そうな表情で尋ねる。
シルフィールはそれを見て困った表情をした。
「最後の言葉ですわ。わたくしが聞いたのはリナさんが側にいると、ガウリイ様にまで影響があるということだけ。惹かれあってしまう――というのは聞いていませんでした」
「そうなのか?」
「はい」
「そうなると、まだ隠していることもありそうだが……」
「そうですね」
シルフィール、ゼルガディス、アメリアが話をしている間、ガウリイは黙って目を伏せていた。
リナに対してのあれほど激しい感情は、身の内にある混沌の痕跡の影響なのか。そして、それをよく考えて答えを出せとリナは言ったのだ。
でも、自分の気持ち全てがその影響とは思えない。もしそうだとしても、リナが扉を閉め姿を消したときの感情を思い出すと、身震いしてくる。
リナなら、今ここでしっかり捕まえておかなければ、もう二度と会うことはできないだろう。
たとえ後悔するとしても、何もせずに後悔するより、自分の望むようにしてから後悔したほうがいい。
ガウリイは決意すると立ち上がった。
「ガウリイ?」
「ガウリイさん?」
「ガウリイ様……」
ゼルガディスとアメリアは、半ば信じられないといった表情で、シルフィールはそうなるだろうことを予測した表情でガウリイを見つめた。
ガウリイはシルフィールのほうを向いた。
「悪い、シルフィール。それでもオレはやっぱりリナと一緒にいたいんだ」
「……分かっていましたわ。ガウリイ様の気持ちも、リナさんの気持ちも……そして、わたくしがそれを止めることが出来ないことも……」
「すまない」
「いいえ、……リナさんと幸せになってください」
シルフィールは涙を浮かべながらも笑みを浮かべた。
その表情が痛々しくて胸が痛む。だけど、ガウリイには自分の思いを止めることは出来なかった。
「いいのか、ガウリイ」
「そうですよ。よく考えたほうが……」
朝が来るまでまだ時間があり、ぎりぎりまで考え抜いたほうがいいのでは、と二人は考えた。
リナの言うとおり、リナと共にいることを選んだのなら、もう人として生きていくことは出来ないだろうと。
ガウリイは二人の言いたいことがわかり、苦笑いした。
「オレが考えるの苦手だって知ってるだろ。リナと一緒にいることを選んで、いつか後悔する時もあるかもしれない。だけど、今リナの手を離したら、今すぐにでも後悔する」
苦笑していた顔も、言い切った時には真剣な表情へと変化していた。
それを見て、二人は説得しようとしても無駄だと悟った。ゼルガディスが仕方ないな、といった表情をする。
「すまん。オレたちのことは忘れ――」
ガウリイが言いかけた言葉をゼルガディスが遮った。
「旦那が選ぶことだから、俺たちが口を出すことじゃないのは分かっている。だけど、これだけは約束して欲しい」
「なんだ?」
「俺たちの記憶操作はしないでほしい」
「そうですよ! リナのことも、ガウリイさんのことも忘れたくなんかありません!!」
はっきり言い切ったゼルガディスに、拳を握り締めて熱く語るアメリア。
そして、両手を胸のところで握り締めているシルフィール。
「わたくしもそれは同じですわ。わたくしたちはガウリイ様とリナさんと過ごした時間を忘れたくありません」
「シルフィール……」
「忘れることで幸せになれるとは思いません。それに、おふたりに出会えて過ごした日々を大事にしたいんです」
「そうだな」
「そうです!」
二人の記憶を消すということは、リナとガウリイ――この二人に会ってから遭遇した数々の事件を、そして、それに対する思いや学んだことまで忘れてしまうということだ。
自分で考え、自分で選んで来た道を全て忘れてしまう。そんなのは嫌だった。
でも、リナなら自分たちの幸せを考えてそうする可能性がある――そう思ってゼルガディスは先に釘をさしたのだった。
「分かった。それはリナに言っておく」
「ああ」
「絶対ですよ。いつものようにくらげ頭を発揮して忘れたら一生恨みますから」
「手厳しいな。アメリアは」
「当然です。忘れてはいけないことですから」
アメリアは人差し指をびしっと立ててガウリイに言い切った。ガウリイはそれに対して苦笑するしかない。
仕方なくガウリイは持っていた荷物をゼルガディスに渡した。
「こいつを預けておく。リナと話した後、絶対に取りに来るから」
「分かった」
「ガウリイ様、明日の朝食堂でお待ちしています」
「ああ」
ガウリイは三人に微笑んで返事をした後、彼らを残して出ていった。
***
リナは扉を閉めると先ほど借りた部屋へと向かった。
たとえどんな結果になっても後悔しない――そう思っても、ガウリイが考えた末にどういう結果を出すのか不安でたまらなくなる。どちらを選んでも怖いのだ。
側にいて、変わっていくガウリイを見るのも。
恐れ、拒絶されるのも。
リナは部屋に入るとベッドに腰掛けて深いため息をついた。暗い部屋に明かりを灯すのも億劫に感じて、そのまま祈るように手を合わせ頭をたれた。
しばらくその体勢でいたが、やっと思い立って、立ち上がって部屋に明かりを灯した。
そして、窓の桟に手をかけ夜空を見つめる。欠けた月を見て胸が締め付けられる気がした。
月の優しい光はガウリイを連想してしまう。
(もしかしたら、あれが最後かもしれないわね……)
驚いた表情のガウリイの顔が目に焼きついてはなれない。
もしかすると、あれが自分の目で見る最後の機会だったのかもしれないと思うと、更に胸が苦しくなった。桟に置いていた手に自然と力がこもる。
(どうしよう。自分で決めたことなのに、なんでこんなに苦しいの?)
泣きたかった。大声で泣けば、少しはすっきりするだろうかとリナは思った。それとも、いっそこのまま立ち去ってしまおうかとも思った。
そんな思いに囚われていた時に、入り口の扉が音を立てて開いた。
振り返らなくても窓ガラスに映った姿で、入ってきた人物がガウリイだとわかる。
(うそ……来てくれた!?)
嬉しさととまどいと驚きで振り向けず固まっていると、後ろからふわりと優しく抱きしめられた。