ガウリイはリナを探しながら道を歩いていた。探しにいった方向は間違いなくリナが向かった方向だ。けれど岩陰に隠れ眠るリナの姿を見つけることはできなかった。いつの間にかに次の町まで到着してした。
(追い抜かしちまったか……?)
その頃には丁度夜が明けて、町が目覚め始めていた。早いところでは朝市の露店の準備が始まっている。それを横目にガウリイはまず魔道士協会を探した。
魔道士協会ならアメリアや、サイラーグにいるシルフィールにも連絡が取れる手段があるはずだ。少なくともリナが使っていたのを覚えている。
ガウリイは協会の窓口で拙い説明で、こういうのがあるだろう? と尋ねた。
係りの者はガウリイの説明で何とか分かったのか、きちんと目的の場所へと案内してくれた。
そして使い方を教わるとガウリイはまずアメリアに伝言をした。そちらに向かうつもりだったが、リナを見つけたためリナを追うと。
そして次にシルフィールに伝言を入れようとして、彼女の予言を思い出す。不安そうな顔で、嫌な予感がするといったシルフィール。
リナと出会うことが不安なのか、それともリナと出会ったことで起こる何かが問題なのか――ゼロスの話のことなども考え、ガウリイも一抹の不安が過ぎる。けれど、もう後には引き返せなかった。
ガウリイは心を決めると水晶球に向かって話しかけた。
「シルフィール、オレだ。セイルーンに向かう途中でリナを見つけた。今、アゼリア・シティにいる。リナを探すために、これからどこへ行くか分からない。多分、セイルーンにも行けないだろう。それにサイラーグに戻ることも……。シルフィール……すまない……」
自分の帰りを待ちわびるシルフィールのことを考えると、申し訳なく思う。それでもリナに対する思いのほうが強かった。
シルフィールと過ごした二年間――サイラーグの復興を目標にした心は、リナと再会して全てが消え去ってしまっていた。多少の罪悪感を感じるものの、それでも戻ろうとは思えない。
ガウリイは伝言を記録すると立ち上がって、魔道士協会を後にした。
その後は空腹を感じたために開いている近くの食堂に入った。特に他のところと変わらない食堂は、それほど混んではいなかった。
ガウリイは壁際の目立たないところに座った。注文を取りに来た中年の女性に定食を頼むとそのまま考え込んだ。
(リナ……、今どこにいるんだ?)
この場にいないリナに思いを馳せ、その後、リナと別れた日のことを必死に思い出そうとした。
(ルークのことが片付いて……リナの実家に向かったのは覚えている。そして――)
もともと記憶力が乏しいガウリイは、過去をしっかり覚えていることは少ない。
それでも、さすがに一時『仲間』と言えたルークを倒すことになってしまったことは覚えている。
魔王となってしまったルークとの、サイラーグでの命をかけた戦い。
最後は結局リナが手を下すことになり、ガウリイは気がつくと宿のベッドで寝ていた。
その後、泣いてしまったリナをなだめて、一晩過ごし、翌日、黄金竜のミルガズィアとエルフのメンフィスと別れて、リナと二人に戻った。
リナが「どこへ行く?」と聞いたから、ガウリイはリナの実家に行きたいと答えた。リナが生まれ育ったところを見てみたかった。リナがゆっくり休めるようにしてやりたかった。
なにより、リナの家族にあってリナと一生共にいられるよう頼みたかった。だからゼフィーリアに行きたいと言った。
リナもそれに頷いたため、次の行先はゼフィーリアになった。
それから――
そこまで思い出したときに、目の前にすっとトレイに乗った料理が差し出された。
「A定食よ」
店の女性はそっけなくそれだけ言うと、厨房のほうへと戻ってしまう。
テーブルの上の料理からはスープは温かい湯気が立っていて、香料を効かせてあるのか焼肉はスパイシーな香りがして食欲をそそった。
「まずは腹ごしらえしとかないとな」
これからリナを探して歩かなければならない。体力勝負になるのは目に見えていた。
ナイフとフォークを持って料理に手を出す。料理は思ったよりおいしく、あまり食べられないかと思ったが、すんなり胃袋に収まった。
「けっこう美味かったな」
ガウリイは椅子に座ったまま背中を反って天井を見つめた。そしてもう一度細い記憶の糸をたどる。
(確かゼフィーリアに向けて旅立ってすぐだったよな。あの時も宿に泊まっって……あの時までは普通だったはずだ。そして夜部屋にいたら……)
そこまで思い出した途端、いきなり脳裏に蘇った記憶の断片。その記憶にガウリイは信じられないと、ガバッと起き上がった。
ワイングラスを持った入ってきたリナ。
頬を染めて潤んだ目で見つめるリナ。
そして、そのリナをシーツに繋ぎとめて――
目の前に蘇った映像に、ガウリイは口元を押さえて赤くなる。
ついで、思わず恥ずかしくなって、反っていた体を元に戻し俯いてしまう。
「オレ……リナを、抱い……た?」
一度蘇った記憶は、そのことを否定する要素がなかった。
反対に抱きしめたリナの体の小ささ、細いのに女性特有の柔らかい肌の感触、涙目で必死にガウリイの名を繰り返すリナの声を更に思い出す。
「ちょっと待てよ……オレなんでそんな大事なこと忘れてんだよ?」
今まで忘れていたなんて信じられない気持ちだった。
ほとんどテーブルに突っ伏した状態でガウリイはボソッと呟く。
(好きで好きで、やっとこの手にできた瞬間をなんで今まで忘れてたんだ?)
疑問を解決するために、ガウリイは更にその後の記憶を辿る。
リナが言うケンカ別れなら、そんな関係になるわけもない。それに次の日、目を覚まし一人でいることに疑問もなかった。
そしてなぜかガウリイは背中を押されるかのように、サイラーグに逆戻りしたことを思い出した。
「あれ……なんでだ? なんでオレ疑問に思わないんだ? なんでオレはリナを抱いたことも忘れてサイラーグになんて行ったんだ?」
ガウリイは自分の中にある大きな矛盾に気づき、そのことに対して納得いく答えが出せなかった。
少なくともリナの言った『ケンカ別れ』は偽りだということは分かった。
ならば、なぜそんな嘘をついたのか――それを今すぐにでも問いただしたい気持ちになった。
(とにかく、リナを探さなければ……)
ガウリイは心のうちに大きな矛盾を抱えたまま、食堂を出て町を歩き始めた。