Step 9 「悶える」

 三月に入るとすぐに店はホワイトデーのコーナーを作って賑わっている。それでも二月のバレンタインのコーナーほど賑わってはいないかったが。
 買い物ついでにそこを見たのは、気になるの卒業式のすぐ後だった。

 気になる――リナは、お腹がすいている時ふらりと立ち寄ったマッ●でバイトをしていた女の子。小さくて高校三年生だと聞いた時はちょっと驚いた。でも今思うと、彼女の食欲を見た時の驚きよりはマシだ。
 ポテトのお礼にと、気まぐれに食事に誘った時に見た彼女の食欲――「スゲェ」の一言に尽きる。
 でも同時にその時から毎日が楽しくなった。
『彼女』ではない。『友だち』としての付き合い。それがものすごく楽しい。
 友だちだからか、オレが約束を忘れても怒らな――いわけではないけれど、その後もあっさりとした付き合いができる。一通り怒られて謝って食事を一回おごると、その後は元に戻る。たまに、もしかしてオレって金ヅル? と思うこともあるけど、それでも楽しいからいいやって思う。

 そんな彼女にバレンタインでチョコを貰った。もちろんホワイトデーでのお返しを目当てってのは見え見えだけど、貰えるとけっこう嬉しいもんだよな、って思う。
 そして彼女の期待を裏切らないよう、でも義理に入る範囲内でのお返しを考える。本当ならちゃんとしたのでもいいんだけど、どう考えてもリナはお返し目当てだし。それにイベントに乗っかって自分の気持ちを伝えるのは嫌だ。
 普通に考えたらアクセサリーとかがいいんだろうけど……リナは“花より団子”という感じだし。やっぱ食いもんのほうがいいかな。バレンタインはチョコって相場が決まってるけど、ホワイトデーっていろいろあるんだよなあ。リナは何が好きなんだろう?
 …………聞いてもなんでも好きだと返ってくるだけか。とりあえずよさそうなものは買って帰ろう。悩むだけ無駄だ。
 予算を決めたあと、適当に店の中を歩いてよさそうなものをいくつか手に取ってレジに向かう。一つずつラッピングするか聞かれたので、まとめて一つの袋にしてもらった。これで明後日の準備ができた。オレはそれを持って地下駐車場に向かった。

 

 ***

 

 待ち合わせは十一時ジャスト。いつものコンビニでリナを拾う。そしてそのまま昼食を食べに行くという予定。
 今回行く店はリナが指定してきたんだが、ちょっと気になったので同じ会社の同僚に聞いてみた――ら、すごい高い店だった。
 ちょっと待て! お返しだって用意してあるし、卒業祝いだってした。なのに何で昼間っからこんな高い店なんだ!? はっ、もしかしてこの間のを根に持ってるな! チキショー、オレが断れないの分かってんじゃねえのか!? ――と騒ぎたくなったくらいだ。

 そう、卒業式の日、ルークのおごりで食べに行く予定だったところを、オレが誘ったのが不満だったようだった。別の日ならルークのおごりとオレのおごりと……二回タダで食べれたのに、というのだ。
 言いたいことは分かるが、それを本人の前で言うなよ。せっかくいい店予約して行ったのに。しかもまだ根に持っているみたいだし。
 でも、なぁ……それでも素直に付き合ってしまうのは、惚れた弱みってヤツなんだろうか。
 惚れた――という単語のせいで、オレは思わずアクセルを踏む足に力が入ってしまう。やばい、こんなスピード出したら捕まってしまう。アクセルを踏む力を緩めて、なるべく平常心に戻ろうと心の中で『平常心、平常心……』と何度も呟く。
 赤信号で停まるとはーっとため息をつく。

 情けないことだけど、自分から好きになったのは久しぶりというか、それも相手がまだ高校卒業したばかりの六歳も年下の女の子。
 それに女というのはかなり規格外というか。まあ、あまり人のことは言えないんだが、あの食い気とか性格とか、ちょっと普通じゃないよなぁ。まあオレはそこが良かったんだけど。
 リナはそういった意味で気を遣わなくてもいい気楽な存在。たぶん関係が変わっても変わらない。そんな変な自信がある。

『リナはああいう性格だから付き合うのが大変そうに見えるけど、実は慣れれば気さくでとっても付き合いやすいんですよ。よく見抜きましたね、ガウリイさん』

 少し前にリナの友だち――アメリアという子に言われた言葉。
 まさにその通りなんだよなあ。見た目はすごいように見えるけど、考えは割としっかりしてるし。不良を叩きのめしていることはあるが、相手が相手だからリナが一方的に悪いとも言えない。一応女の子だから気をつけては欲しいと思ってはいるけど……。
 後は食べること、か。少しがめついような気もするが、オレも同じくらい食べるから、反対に楽しく食べられるような気がするし。
 そんなことをブツブツ言うと、アメリアは満面の笑みを浮かべた。

『合格です、ガウリイさん。リナのこと頼みますね』

 それを聞いて、なんかいきなり自分の気持ちに納得できてしまった。
 好きに、なっていたんだ、リナのこと。
 でもリナは六歳も年下で、今の距離がすごく居心地いいような気がして、だからリナは付き合いやすい友だちなんだって思うようにしてた。そうすれば、ずっとこのまま居心地のいい関係を保っていられるって。
 でも、心のどこかで、そう思うことに違和感を覚えるようになっていた。
 きっかけはオレの部屋。引き金はリナの言葉。
 あれでリナは女だってことに気づいた。
 そのままの関係は居心地がいい。でも、アイツに彼氏ができた後、こんな気軽な付き合いができるだろうか?
 リナが気にしなくても、リナの彼氏が気にすることだってある。そう思ったら、今の関係に不安を感じた。
 その矢先にあの言葉だったから、ああ、そこまで好きになっていたんだなぁ、って素直に思えた。

 ただ、問題はリナの気持ちなんだよなぁ。
 アメリアがいくら頼むと言っても、リナにその気がなければ意味ないんだし。でもあいつは……そういうところは鈍そうだから、口に出して言わなければ気づいてくれなさそうだしなあ。
 そうしてぐだぐだしながら、ホワイトデーまでずるずる来ていたんだ。
 とりあえずまずは告白できる雰囲気を作るために頑張るぞ。まずはそこからだ。
 本日のプラン(?)をおさらいするのと、待ち合わせのコンビニにたどり着くのと同時だった。ウィンカーを左に出してスピードを落とし、ゆっくりとコンビニの駐車場に車を入れた。

「やっほー、ガウリイ」
「待たせたか?」
「ううん、時間は合ってるわ」

 慣れた感じで、車が停まると同時に近づいてきて助手席のドアを開けて乗り込む。
 今日のリナは赤いベルベットのシンプルなワンピースとお揃いなのだろうか、短めの上着を着ている。スカートの裾や、服の袖口などに同色の細身のリボンで飾りがついている。一見派手な色だけど、リナにはあっているようだ。それと顔を見ると化粧をしているようだ。

「その服似合ってるな」
「そう? 姉ちゃんから卒業のお祝いにもらったんだけど」
「それに化粧もしてる?」
「うん。大学に行ったら少しは……って思って。変?」
「いや、いつもと違うから」
「ふぅん」

 何となく含みある相槌。もしかしてもっと褒めてほしかったとか? でも今の関係で今さら綺麗だの褒めるってのは……なんだかなあ、って思う。
 あっさりとした付き合いだったせいかな。でもなんにも言わないってのも、リナに自信なくすようだし。あ、でもあんまりかわいくなって、大学で変な男に目をつけられても……
 あ、今リナがちょっと悔しそうな顔をした。駄目だ。

「か、かわいい……よ。でもリナは肌がきれいだから、そんなに無理して化粧することないんじゃないかなあ、って」

 負けた。リナの変わっていく表情を見て、何も言わずに終わりにできなかった。
 でもそれでもリナには物足りないようで。

「……。あたしだって女の子だもん。化粧くらいしてみたいって思うのは変なこと?」
「変じゃないけど……なんか落ち着かない」

 なんか反則だよなあ、化粧だけでこれだけうろたえさせるなんて。

「どうせ、あたしは『オコサマ』よ」

 内心おたおたしていると、リナがボソリと呟いたのが聞こえた。
 いや別にオコサマ扱いしてるわけじゃないんだ! その反対なんだ! 自覚したばかりで普通に振舞おうと思っているのに、そんないつもと違う格好されたら落ち着かないだけなんだ!

 …………って、なんかすげぇ情けない心の叫びだな。

 自覚しただけで、こんなに相手に対する気持ちや態度が違うなんて、自分でも思いもしないことだった。

 

目次