CALL 1

「ほらぁ、危ないでしょ?」
「ごめん……」

 オレは急いでいたために、しっかりと確認もせずに道路に飛び出そうとしたのを一人のお姉さんが止めた。
 実際止めてもらわなければ、オレはきっと天国街道一直線だっただろう。目の前を勢いよくダンプカーが走り去っていった。

「よく見ないとダメよ?」
「うん。ありがと」
「気をつけてね」

 そういって掴んでいたオレの手を離す。

「うん。ありがとー」
「気をつけるのよ」

 お姉さんが手を離してくれた後、オレは今度はしっかりと確認してから横断歩道を渡った。
 渡りきった時、後ろを振り返るとあのお姉さんの姿がどこにもなかった――

 

 ***

 

 オレはぼんやりとなんの目的もないまま日々を過ごしていた。そうしてオレは大学生になっていた。
 いつものように朝起きて、いつものように大学へ行く通路を通る。そして電車に乗るために駅のホームへと行った。
 すでに通勤ラッシュは過ぎているオレの登校時間。駅には人が少なく数人しかいない。そんな中、ぼんやりと電車が来るのを待っていた。
 しばらくすると駅のホームに次の電車が入ってくるアナウンスが流れた。
 そしたら電車に乗って……今日はなんの講義があったかな?
 重要なのじゃなきゃ、サボってもいいかな?
 ぼんやりとそんなことを考えながらも、いっそ、このまま線路に飛び込んだら楽になれるんじゃないかとそんな考えがよぎる。
 ただ生きてるのがつまらなく、そして辛い。いつの間にか、オレは生きてることが無性に嫌になってくることがあった。
 そんな想いに呼応してか、オレはふらりと白線の向こう側に行こうとしていた。電車が横目に見えるくらい間近に近づいている。多分今飛び込めば、逃れることはできないだろう。
 オレは吸い込まれるように線路のほうにふらりと歩いていった。
 ガシッと、不意に腕を掴まれて現実に戻る。

「危ないよ?」

 見れば小柄な少女がオレの腕を掴んでいた。
 見れば、十五、六の少女だろうか。容姿よりもまず大きな瞳に目がいった。その意志の強そうな瞳に吸い込まれそうになる。オレは気がつくと少女の瞳をじーっと見つめていた。

「お兄さん?」
「あ……」

 何やってんだ。オレは……。

「……サンキュ」
「なぁに? 徹夜でもしたの? フラフラして」

 少女がくすくすと笑ってオレにそう問いかけた。

「いや、別に。ただ眠いなーと」

 オレは少女にあわせて適当に話をあわせる。

「そう。でも気をつけないと危ないわよ」
「そうだな」

 それでも良かったんだが……。
 オレはさっき言ったようにはっきりいって無気力だった。いつ死んだってかまわないと思っている。というより、かすかにだが自殺願望があるといっても過言ではないだろう。
 今目の前にいる少女はそんなオレとは正反対の印象を受ける。肌は白いが病的な白さじゃなく、表情ははっきりしていて、何よりその大きな赤い目が印象的だった。
 そういえば、前にも見たことが――いや、まさか。あれはオレが五歳の頃の話だ。いくら何でも同一人物な訳ないし。多分血縁関係なんだろう。

「ね。命の恩人に奢ってあげようとか奇特な考えはないの?」

 少女がそう言ってオレを覗き込んだ。

「逆ナンか?」

 なんだ。そのつもりなのか。

「ぎゃ……違うわよっ! あたしはお腹すいてるの!」
「あー……メシだけ?」
「他に何があんのよっ!?」

 頬を真っ赤に染めてオレにくってかかる。
 まあ、一応間違いがないように言っておくが、オレははっきりいってよくモテる。女には不自由しないほうだな。だから彼女もてっきりそのクチだと思ったんだ。

「で、お礼は?」
「はいはい。何でも奢らせてもらいますよ。命の恩人さん」
「よろしい」

 オレの答えに満足した彼女はにっこりと笑った。

「じゃ、早速行きましょっ!」

 そう言ってオレの腕をどんどん引っぱっていく。
 ちなみに、彼女とやりとりをしていた時点で電車はすでに行ってしまい、講義には間に合わない。
 といっても講義を受ける気もあんまなかったからいいけどな。

「なあ、お前さん。名前は? オレはガウリイってんだ」

 とりあえず名前がわからなければ呼びにくいしなぁ。

「ふうん……ガウリイね。あたしは……ナイショ。好きに呼んでくれてかまわないわ」

 前を突き進んでいた少女が振り返って、いたずらを思いついた子供のようににっこりと笑った。
 いや、ニヤッといったほうが適切かもしれない。

「おいおい。教えてくれないのか?」
「ふふん。女はね、ミステリアスな方がいいのよ」
「だから名前は教えられないってか」

 訳わからん。
 目の前の少女はオレの内側にぐいぐい来るのに、自分の内側は見せようとしない。

「ま、いいじゃない。とにかくご飯ご飯♪」
「はいはい」

 結局オレは少女の名前を聞き出せぬまま、さんざん彼女にたかられたあと途中で別れた。
 財布は空腹を訴え悲鳴を上げている。こんな状態では買い物も満足にできない。オレは仕方なくそのまま家に帰った。
 それでも気がつくと朝のあの死んでしまいたいという、負の感情はどこかに消えていた。
 そして物忘れの激しいオレにしては、珍しく彼女のことは鮮明に覚えているのだった。

 

 ***

 

「やっほーガウリイ」
「…………」

 ここはオレが通う大学の敷地内。いかんせん、目の前の少女は不釣合いな場所だった。
 だが、少女はそんなこと関係なく手を上げてニコニコとしている。

「……お前さんなぁ」
「どしたの? ガウリイ」

 きょとんとして問う少女は全然分かってはいない。

「ねえねえ。ここのカフェっておいしいって聞いたんだけど?」
「…………」
「行こーよーガウリイー。ねー」

 少女はオレの腕を引っ張ってカフェの方向へと向かう。こっちの気持ちなんぞお構いなしだ。

「お前さん……どっから湧いてでたんだ?」
「ちょっと! 湧いて出たなんて虫みたいなこと言わないでくれる!?」
「だって、ここ大学だぞ。お前さんのようなチビ……ってぇ」

 コイツ見た目のかわいさとは違ってキョーボーだ。

「んっんっんー。なんか言ったかな? ガウリイちゃん」
「イエ、ナンデモゴザイマセン」

 オレは肘鉄食らったみぞおちの痛みをこらえながら棒読みで答えた。
 だけどちょっと変った、いやかなり普通と違うこの少女と過ごす時は、オレにとって苦痛ではなかった。
 いや、むしろ居心地はいい。自然体でいられるというか……。

「なあ、お前さんそろそろ名前教えてくれないか?」

 目の前の少女の名前が知りたい。
 いつになく積極的にそう思った。普通ならすぐに忘れてしまうだろう人の名を、なぜこうも知りたいのか。

「…………」
「なあ」
「だから秘密だって言ったでしょ? そんなの知らなくたってこうやって話して、同じもの見れるんだからいいじゃない」

 そう言ってはぐらかして答えてくれない。

「……なら」
「なによ?」
「『ゴンベエ』って呼ぶぞ」

 およそ少女の名にふさわしくない名を上げてみる。

「なっ……あたしのどこが『ゴンベエ』なのよ!?」
「だって、お前さん教えてくれないから」

 知りたいんだ。少しでも。
 目の前の少女を見ていると、いつになく心の奥から湧きあがる衝動がある。

「……だから……それは言えないわ。……って……だからって『ゴンベエ』はやめてよね!」

 真っ赤になって言う彼女に、なぜ自分の名を明かせないのか不思議に思う。

「なあ、何で言えないんだ?」
「…………」

 いつになくオレもしつこいほど聞いてみる。
 だけど知りたいんだ。目の前の少女のことを。ほんの少しのことでもいい。

「ちょっと……事情があんのよ。とにかく! 『ゴンベエ』はやめて頂戴!」
「なんだよ。事情って?」
「……ッ! もういいっ!!」

 少女はそう叫んだ後、オレから手を離し別の方向へ歩き出す。
 そんなに人に名前を明かせない理由なのか?

「お、おいっ!」

 なんなんだよ?

「もー知らないっ! ガウリイのバーカバーカ!」
「おいっ! ――っ!」

 今、なんて言おうとした?
 一瞬知らない少女の名が喉元まででかかったが、それに気づいた時にはすでにその言葉はどこかへ消えていってしまった。
 とにかく少女を止めなければ。でないといつ会えるか分からない。

「イチゴパフェ!」

 ピタリ、と見事に足が止まる。

「モンブラン、クリームソーダ、イチゴショート、ホットケーキ、アイスクリーム……」

 くるん――まさにそういう擬音が正しいだろう。
 少女はくるりと振り返って、きらきらと星を輝かせた瞳でオレを見た。

「がうりいぃ」

 今にもよだれがたれそうな、ご馳走を目の前におあずけを食らった犬のような表情だ。
 いや、彼女は犬というより猫の性質に近いが。

「もういいんじゃなかったのか?」
「食べ物に恨みはないわっ!」

 …………オレにはあるのか?
 思わずそうツッコみたい気持ちになりながらも、少女から名前を聞き出そうとする。

「なあ、だから名前……」
「好きに呼んでって言ったでしょ。別に何でもいいわよ」
「だったらゴンベ……てっ☆」
「だからそれはイヤ!」

 結局もう一度脛を蹴られて痛い目を見たのだった。
 そして、どれだけしつこく聞いてみても話を濁し、決して名前を教えてくれなかった。

 

 ***

 

「なあ、また……会えるか?」

 楽しかったのは少女とカフェでおやつを食べていた時だけ。
 別れ際になったら途端に寂しくなった。もっと側にいたい。
 だけど、目の前の少女は名さえ明かしてくれなく、どこにいるのかわからない。せめて、次の約束を取り次ぎたかった。そうして次も会えると思いたかった。

「んー……ガウリイが奢ってくれたね」

 少女らしい答えにオレは苦笑が漏れる。
 それでも少女がオレをただの財布だと思っていたとしても会いたかった。

「……いいよ」
「ホントか?」

 キラキラと目を輝かせ、オレにしがみつくように聞いてくる。
 オレはその瞳に吸い込まれそうになる。

「………ッ」
「何すんのよっ!!」

 次に気がつくと、少女に頬を叩かれた後だった。目の前の少女は耳まで真っ赤に染めている。
 ああ、そうだ。オレはこのの瞳を見ていたら意識がぼんやりしてきて、引き寄せ、キスをしようとしたのだった。
 そこを彼女に叩かれて正気に戻った。

「……ごめん」
「次……やったら承知しないから……」

 まだ耳を真っ赤に染めた少女が呟く。
 その表情は嫌というより、悲しみが込められているのが一瞬だけ見て取れた。
 だけど、オレはその意味に気づかなかった。いや、この時のオレには全然わからなかった。

「明日」
「ん?」
「また来るわ」

 まだほんのり赤い顔でオレを見上げてそう言った。

「ああ。待ってる」
「じゃね」

 約束をすると少女はどこへともなく走って消えてしまった。オレはただ一人残される。
 それでも明日また会えると思うと心の中のもやもやはどこかに消えた。

 名前さえ明かさない不思議な少女。
 だけど彼女といるととても安らげて……死にたいと思う気持ちはどこへ消えてしまう。
 それは、オレにとって初めての感情だった。

 

 ***

 

「だああああっ!! うっとおおおしいいいいいぃぃっっ!!」

 叫び声とともに、げしっと思い切り蹴られた。
 蹴ったのは友人の――

「あー……ルークかぁ……」

 力無い声で、蹴られた格好のまま呟いた。
 そう言えば最近蹴られてばかりだなぁ――何となくそう思いながら、またあの少女を思い出す。

『また……明日来るわ』

 そう言ったのに、彼女は昨日来なかった。
 オレがどれだけその言葉を楽しみに次の日が来るのを待ったことか。
 名さえ知らない少女に会うためにだけ、オレは次の日が待ち遠しかったというのに、それなのに、待っても待っても少女が現れることはなかった。
 そして、次の日になった。
 名前さえも教えてくれない少女は、ほんの気まぐれでしかないんだろう。だけどその一言がどれだけ嬉しかったか――その思いを伝えたくても少女は現れない。

「お前……いい加減そのうっとうしいツラァなんとかしろっ!!」
「あー……?」

 見るとルークが青筋だった顔をして、オレに文句を言っていた。

「ガウリイさん、あの……それでなくてもみなさん、半径五メートル以内は近づきたくないようなオーラをガウリイさんが醸し出してるんですが……」

 隣にいるミリーナもほんの少し気まずそうに言った。
 そー言われてもなぁ。オレ自身、信じられないほど落ち込んでんだから……どうしろって言うんだよ。落ち込んでるのに、無理やりハイテンションになるなんて、器用な真似はできないんだから。
 この気持ちを浮上させるにはあの少女に会うほかはない。だけど、オレは少女がどこにいるのかさえ分からないのだ。

「お前……人の話聞ーてねーだろ?」

 ルークのヤツ、今度はオレの胸ぐらを掴んで文句を言ってきた。
 しかし、自分のことだけで精一杯なのに、人のことになんかかまってられるかってんだ。

「しらねーよ……」

 オレはルークの手を引っぺがし、部屋から出ていった。
 校内にいるよりも外を歩いている方が、彼女に会える可能性も高い。オレはあてもなくフラフラと歩き始めた。
 どこを探せば見つかるかなんて分からない。オレは気がつくと大学の外に出て歩いていた。

 ――会いたい

 その想いだけが溢れ苦しい。まるで水の中から出された魚のように呼吸困難に陥るようだ。
 この苦しさをとめるのは彼女しかいない。

「……ィ」

「ガウリイッ!」

 この声!

「人を無視するなんて随分いい度胸してるじゃないのっ!」
「……ッ」

 振り向きざま、彼女を捕まえ腕の中に閉じ込める。
 腕の中には会いたくて、会いたくてたまらなかった少女。

「ちょっ……んっ!」

 少女の抗議は放っておいて自分の感情にまかせる。
 触れた唇は柔らかく温かみがあり、それが確かなものだと実感する。
 心の内の激しい感情を彼女にぶつけ満足した後唇を離すが、少し離れると名残惜しくなってもう一度口付ける。そんなことを何度か繰り返した。

「……い、いきなり、なに……すんのよ……」

 耳まで真っ赤に染まった彼女が恨めしげにオレを睨みつける。だがそんな顔さえも愛しく思ってしまう。そして、笑った顔だけでなく、いろんな顔が見たいと思った。
 彼女の激しい感情はオレに『生』を与えてくれる。

「……お前さんが悪いんだぞ」
「なっ! どこをどーしてあたしが悪くなるのよっ!?」
「だって昨日来るって言ったのに来ないから……」

 また会えることだけを楽しみに、次の日を待っていたんだから。

「ちょっといろいろあってね……。って、そんなことであたしはこんなことされたわけ!?」
「こんなこと?」
「あの…その……ちょっ……察しなさいよね!」

 あれ? 妙なところでかわいいぞ。
 たった一言『キス』の言葉さえも紡ぐのに困難な彼女。そんな様子に思わず口元から笑みが零れる。

「仕方ないだろ。思いのほうが先に出ちゃうんだから……」

 そう言いながら少女を抱いた腕に力を込める。

「あんた……理性に負けて襲ってたら即警察行きよ」
「オレがそう思ったのはお前さんだけだよ」

 彼女の言葉に苦笑しながら答えた。
 実際、今までこんな風に思える女性ひとなどいなかったのだから。

「お前さんに会えなくて、その間オレがどんな風に思っていたのか分かるか?」
「……」
「会ったら抱きしめて、キスして……今すぐ近くのホテルにでも行って、お前さんにオレの痕をこの体の隅々まで刻みつけたいくらい……」

 そう言いながら、少女の体のラインを服の上からなぞっていく。
 うーん……マジでやりたい。

「なっ! あんた何考えてんのよ!?」
「それくらい、オレはお前さんのことを考えてたんだよ」

 普段は何もかもすべてに興味の湧かないオレが、どうしてこんなにも思えるのか、本当に謎だけどな。

「だからって実際やったら犯罪よ」
「じゃあ、オレを犯罪者にしないように毎日会ってくれよ」

 でないと次に会った時にはもっとすごいことをしそうだ。たった一日会えなかっただけで、これほど激しい感情に見舞われてるのに。

「あんた、あたしを脅してるの?」
「約束を最初に破ったのはそっちだろ?」

 まだ頬が真っ赤に染まった少女はオレを睨みつける。
 だけど、そんな表情でさえオレはうれしいんだ。

「なぁ……」
「分かったわよっ!」

 結局折れたのは少女のほう。まあ、オレとしては絶対に引く気はないが。

「じゃあ、毎日会ってくれるか?」
「……おごってくれるなら」
「ああ。じゃあ、名前も教えてくれるか?」
「……」

 なんで黙るんだ?

「……それは、ダメ」

 ふと悲しげな表情になる。その表情にオレのほうが悪いことをした気になる。
 会うのはいいが名前はダメ?

「どうして?」
「あああああっ!! もうっ!!」

 な、なんなんだ?

「ヒトのこと覚えてない薄情なヤツには教えてあげないっ!!」

 覚えてない?

「なぁ……それってオレ、お前さんのこと知ってるってことか? 前に会ったことあるってことか?」
「……」
「なぁ」

 そりゃ、オレは記憶力に乏しいほうだけど、彼女を忘れるなんてありえない。

「……そうよ」

 うーん……本当かなぁ?
 でも本当にそうだとしても、オレの記憶力じゃあ、あんまり当てにならないし。でも、こんなに気になる存在を忘れるなんてありえないし。
 考えがまとまらないオレに、少女はふてくされた表情で答える。

「あたしの名前……アンタ、知ってるはずよ。だから教えてあげない」
「オレ……知ってる?」

 あんなに知りたい目の前の少女の名をオレは知ってる?

「そうよ」
「えと……マジか? 思い出せん……」

 いつだ? いつなんだ?? くそう思い出せん。

「思い出さなきゃ教えてあげない」
「えっと……思い出せば教えてもらわなくてもいいと思うんだが……」
「とっとにかく! あたしの名前が知りたかったら思い出しなさいっ!!」

 オレに揚げ足を取られて、やっと元に戻ってきた顔色がまた見る見るうちに赤く染まっていく。

「期限は……そうね、一週間。それ以上は待たないわ」

 彼女はきっぱりオレにそう告げた。

「わかった……その間毎日会ってくれるか?」
「忘れちゃうような薄情さんだしぃ……どうしよっかなぁ?」
「ふーん」

 彼女の言葉にオレは彼女の腕を捕まえ歩き出した。そして彼女はオレに引きずられるような形で歩き出す。

「ちょっと!?」
「さっき言ったよな。承諾してくれないなら、アレ、実行するから」

 ちょうど手頃な物件があったしな。この近くに。

「なっ! わ、分かったわよっ!!」
「約束、な?」

 オレは歩くのをやめて、彼女ににっこりと笑って見せた。とたん、真っ赤だった彼女は今度は真っ青になった。
 やっぱりころころ変わるこの表情は見ていて気持ちいい。

 結局、彼女に怒られ、またもや財布が空になるまでおごらされたのは言うまでもないことだろう。
 だが、これで少なくとも一週間は毎日会えるんだ。ゆっくり落としてやるさ、とオレは心に決めた。

 

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